人生には意味がある。
そう信じて生きてきて。
でも、それは嘘だと知ってしまった。
だから彼は無意味な人生を放棄した。
だから彼女は無意味な人生を尊んだ。
その違いは妥協するか否か。
人生に意味が無いなら生きる必要がないと放棄するか。
人生に意味が無くても自分自身にとっては必要なのだと尊ぶか。
その妥協が、生きる唯一の命綱。
楓は自分と同い年の女の子と話していた。
名を刀侍真弓といい、楓とは従妹にあたる。
土に埋もれる一族の子供なのだが真弓は特殊だった。
真弓の母方が土に埋もれる一族なのだが、父方がたまたま『念力』という超能力を所有しており、その子供の真弓は双方の能力が混ざってしまった。
さらに、真弓自身も特殊能力を内包していたらしく、結果3つの力の混合能力を得た。
それが、神成蜘蛛である。
当時七条家では『物を壊す一族』と命名しようとしたが真弓が拒み、神成蜘蛛と名づけた。
この力は本人の意思で物体を破壊する事ができるため非常に自由性が強く、また土に埋もれる一族や水に溺れる一族と違い、能力の代償もない。
さらに分解の領域も自由に選択できるためある種万能能力といえよう。
「真弓、人ってどうして殺しちゃ駄目なの?」
楓が真弓に愚痴った。
「え? 駄目じゃないよ。真弓だって3人くらい殺したもん。ただね、人を殺していいのは人に殺されても文句言わない人じゃなきゃ駄目だよ」
「つまり、真弓は殺されてもいいの?」
「うん」
楓は怪訝そうな表情を浮かべる。
「・・・なんで?」
真弓は笑う。
「はは、他人の命なんて紙切れ以下だと思っていいのは自分の命が紙切れ以下と思わないと人を平然と殺せないよ」
「そんな事は無い。私は5人殺したけどそうは思わない」
「・・・・・・・楓はどうやって5人を殺したの?」
「真弓みたいに『たまたま殺しちゃった』じゃなくて・・・なんていうかな・・・そう、キレたから殺した?」
楓の言葉に真弓は納得する。
「激情で殺したから命の価値がわからないんだ・・・いい楓。人は生まれたくて生まれた人はいないの。ただ生まれたから生きているだけ。人間はね、『本当に』生きたいと思ってる人はひとりもいないの。はっきり言って真弓はいつ殺されてもいいの。誰かが真弓を殺しても真弓は文句はない。人生なんて生きてたって死んでたって対して変わらないんだから」
楓は言葉を失った。
真弓は達観しすぎて変な所まで行き着いてしまっていた。
人を殺すのは自分勝手である。
しかしそれは自分に生きる意思があるからこそ当てはまる。
ならば命そのもの価値を失えば?
これば真弓の考えだった。
しかし浅い。
相手が自分の命を大事にしている限りどれだけ自分が達観しても須く自分勝手であると気付いていないのだ。
人間は自分勝手の連鎖と交錯にあって形成される偽善である。
和信が外出しようとすると、美琴が現れた。
「お兄ちゃん出かけるの?」
「うん。あんみつ食べに」
「あんみつ? なら私も行く」
和信が門を出ようとすると美琴に止められた。
「まさか・・・歩いていくの?」
「へ?」
和信は素っ頓狂な声を上げる。
「自転車使おうよ・・・歩いたら1時間かかるよ・・・」
まるで宇宙人を見るような目で美琴が和信を見る。
和信は驚愕した。
「・・・・・・・すっかり忘れてた・・・」
和信は鳥頭だった。
自転車は便利だった。
わずか15分で街まで辿りついた。
「もう着いた・・・」
「はあ・・・お兄ちゃんって馬鹿?」
ものすごく悲惨な眼で言われた。
「よく言われるよ・・・・・・」
呆れかえる美琴を尻目に和信は跋扈闊歩の駐車場に自転車を置いとく。
店内に入ると純が店から出るところだった。
「あれ? 純」
「悪いけど今日は忙しいの。あんたのお守りはしてられないから。じゃね」
そう言って純はものすごい勢いで消えていった。
「?」
和信ははてなと首を傾げた。
「どしたの?」
美琴が店内でぼーっとつっ立っている和信にそう言った。
「今日って何かあったっけ?」
「さあ? 何もないんじゃない?」
和信は首を傾げながら席についた。
和信と美琴がメニューを見開く。
「じゃあ僕はあんみつ丼にしようかな」
「え・・・」
「ん? じゃあ、あんみつフライにしようか?」
いたって平然とゲテモノ料理を選ぶ和信に美琴は絶句した。
なんとか勇気を振り絞り言葉を紡ぐ。
「お兄ちゃん・・・・・・そんなの食べるの?」
かなり訝しめな表情を浮かべる美琴に和信が首を傾げる。
今日だけで何回首を傾げたのだろうか。
「え? けっこう美味しいよ」
美琴の眼は大学生が小学1年生の算数の問題がわからないという光景を目撃した時のような奇奇怪怪極まる眼に変貌した。
「私はクリームあんみつにするわ・・・」
しばらくしてあんみつが運ばれてきた。
結局和信が頼んだのはあんみつ丼だった。
酢飯の上にたっぷりとあんみつが載せられた異常な料理。
それを和信は美味そうに頬張る。
美琴は思わずスプーンを落としてしまった。
和信は瞬間、ふいに、唐突に、突然、記憶が回帰した。
蜥蜴の尾。
和信と美琴が初めて見た『異能』である。
自分の体を引きちぎることで自分の身を守る能力。
この能力の亜流に『鮫の歯』(別名、海星の体)というものがある。
文字通り自分の体が鮫の歯のように幾度となく再生する能力。
和信と美琴は初めて見た異能という化物に止めどない恐怖を得た。
そいつは殺されても、殺されても、体を引きちぎり、生存する。
血が世界を包囲する。
怖い。恐い。
何が怖いのかわからないほど恐い。
和信は幼い頃『竜哮』という異能の話を聞いた。
何でも異能の中で最も格の高い能力らしくPoは最高値1000を誇るらしい。
それは能力云々よりも能力の格が高いだけらしく、現在の異能にはそれを遥かに上回る能力もあるらしい。
しかし、少なくとも竜哮は異能遺産とも言うべき至宝の能力らしく、駆除することが禁止されてるそうな。
竜哮。
手のひらに竜の魂を宿す事で、手のひらより竜の咆哮を放つ事が出来る能力。
その威力は千里を翔け、大山を砕く。
いわば手のひらの核兵器。
なんでも3発で人類が壊滅し、5発で人類が絶滅し、10発で地球が破壊されるという。
その話を聞いた和信は異能というものに憧れを抱いた。
小さな超能力でも、つまらない神秘でもなく、その圧倒的な力に。
しかし実際異能に出会ってみればどうだ。
その不気味な様相に畏怖ではなく、恐怖しているではないか。
真剣に考えて竜哮は1発で日本列島を藻屑と消す事が出来るのだ。
何故あとほんの少しだけ深く考えなかったのだろう。
どれだけ恐るべき能力かすぐわかるじゃないか。
実に、愚かだった。
だが責任は和信だけにあるのではない。
竜哮そのものにも問題がある。
何故竜哮が駆除禁止か?
それは逆に捉えて『強すぎて禁止する必要が無い』のだ。
核の抑止力と同じ理屈である。
戦闘はおろか戦争においてですら竜哮は使えない。
威力が強すぎるのだ。
3900qに及び世界を破壊する能力などいつ、どこで、使う機会がある?
下手な核ミサイルよりも威力の強い破壊能力など無いも同然なのだ。
しかも歴史上竜哮を所有したのはたった一人。
もはや神格化されてしまい、邪悪性など感じ得ないのだ。
くわえて威力以上に『竜』という絶対の神獣の能力という事も要因になってしまった。
Poが1000を超える能力など『矛盾』と『全知全能』の二つしかないのだが、あいにくその二つとも、所有する者は駆除以前の問題になっている。
片方だけの所有者は有名どころで言えば異形ではないが『アラー』が全知全能を所有している。
まあ、それは『超異の力』と呼ばれ、異能扱いされない。
『矛盾』と『全知全能』を両得しているものに『夏御蜜柑』なる『概念』があるそうだがこれは超例外的存在。
しかし1000に達する能力をもって異能が所有する能力は多々存在する。
『夢の庭の殺し屋』『言霊の抹殺』『言庭』『月の裏側』『傷つかない』等。
さらに月草の所有する言霊の抹殺に至っては人類と戦争を起こしても勝利を勝ち得る程の超異能。
そんな使用者どころか取得方法すら不明な能力はさぞ、神秘的に感受してしまうのだろう。
その証拠に魔法は悪魔の力であるにもかかわらず、数世紀経った今でも人を魅了して止まない。
悪魔の力さえも神格化されるのだ。
果たして、誰が異能の恐ろしさを理解できるだろう。
くわえて当時は『にせ異能』が多発した時期でもあった。
虹の糸、ラインループといった『ただの手品』を異能と称する連中が出現したのだ。
したがって和信は最初の化物を見てまったく身動きが取れなくなってしまった。
和信の腰は砕け、失禁を催す。
それからだった。
和信と美琴が『護身』の目的で非罪架と罪人典を習得したのは。
両親は何事かわからない。
当然だろう。
両親は異能に関する知識は疎かったし、かろうじて知っていた重慶は異能の知識しか知らない。
和信と美琴は祖父に教わった。
異能の知識は重慶に、異能駆除は祖父に。
しかしまさかそれ以降一度も異能に出会う事がないなんて当時の二人には思いもしなかった。
「まさか今になって・・・なあ・・・」
「? 何が?」
「あ、いや何でもないんだ」
「?」
和信の意識が回帰する。
その日の昼は恙無く終えた。
夜。
和信が非罪架を眺めていると客人が訪問してきた。
現在彩音は風呂、重慶は仕事のため美琴が出る。
「はいどちら様ですか?」
古い家なので当然玄関に出向かわなくてはならない。
「は〜い」
それは純だった。
「あなたですか・・・何の用?」
あからさまに嫌な顔をする美琴。
純は屋敷家の人間に歓迎されていなかった。
しかし純は気にする様子もなく平然と言い放った。
「和信いる?」
「いますけど・・・こんな時間になんの用で?」
「いや、遊びにきたんだけど」
美琴の表情が曇りだす。
「非常識な人ですね。夕食時にくるなんて」
「あんな非常識な雌豚がいる家の人間に非常識なんて言われたくないわね」
「!!」
和信がなにやら不穏な発言が耳に届いてしまい、様子を見に行くとそこは一触即発の状態であった。
「わあ! 純、夜は来るなよ!」
和信が純に向かって飛び出す。そのまま門の外まで連れ出す。
非罪架を手にしたままで。
和信と純は住宅街の道端で言い争いえを不毛なまでに行っていた。
稚拙な毒舌と十全な毒舌。
勝敗は明らかだった。
「だめか・・・口じゃ純には敵わない」
「あたりまえでしょ、この愚者。・・・・・・まあ、それはいいんだけどずっと気になってる事があるのよね」
「・・・・・・・・・・・何?」
純の質問にすっかり疲れきった和信がぶっきらぼうにそう言った。
「そのキリストを磔にしたと髣髴させる気の狂った使用価値も判別できない無意味極まる巨大な十字架は何? この無為徒食」
言われて初めて和信は非罪架に気付いた。
どうでもいいが遅すぎである。
「あ、これは・・・」
「和信って既知外だったのね」
ぐさり。
既知の外とまで罵られてしまった。
さすがに純には言われたくない。
どんな罵詈雑言よりも攻撃力がある。
くわえて今まで散々なまでに悪口毒舌をぶつけられてきたのも起因かもしれない。
「うわああああああああん! 純のあほたれー!! 肥溜めに落ちて死んじまえーーーーー!!」
「ちょっ、和信!? ごめん、言い過ぎ・・・ではないけどちょっと戻ってきなよ! それに肥溜めっていまどき・・・おーい、和信ーーーー!!」
和信は純の静止も聞かず一目散に走り去った。
和信は気付くと山の中にまで走っていた。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
さすがに疲れたのか和信はフラフラと座れそうな場所を探し、寝転んだ。
「なんか昨日もこんな事あったような・・・」
デジャヴとでも言うのだろうか。
すると人の気配を感じた。
「・・・ん? こんな山中に・・・まさか、死体を埋めてる?」
和信はそんな不安に駆り立てられながらも、気配のほうに近寄っていく。
それは異様な光景だった。
「さすがに蜘蛛はなかなかにしぶとい」
全身レインコートの中年男性が大量の蜘蛛の死体を空から水を集約し、廃棄するという奇天烈極まるおぞましい光景だった。
するとぽつり、と雨が降り始めた。
レインコートの中年は確かに笑った。
その雨を見て確かに笑った。
「これで蜘蛛も一掃できるだろう」
すると中年は右手を翳す。
雨は中年の手のひらに集約され、巨大な水の塊が生成される。
「落ちるがいい」
そう唱え、手を振り下ろすと水の塊は地面に直撃した。
蜘蛛は砕かれ、潰され、流され、跡形もなく消滅した。
和信は何が起こっているのか理解できない。
ただ、間違いなく目の前にいるレインコートが異能と呼ばれる人間として認めてはいけないものであると、過去の記憶が警鐘を告げていた。
和信は疲れていたのかもしれない。
その奇怪な光景を目の当たりにしたためか精神が傷ついたのかもしれない。
だからだろうか。
和信は非罪架のセーフティを外し、中年に近づいたのは。
美琴は罪人典を自転車のかごに乗せ、出かけた。
「ったく何で帰ってこないんだよあの馬鹿兄」
住宅街を抜け、田んぼ道に差し掛かったとき。
道のど真ん中に楓が仁王立ちしていた。
楓はそこが車道だと理解していながら平然と立っていた。
楓はいらついていた。
暗影に追い返された事がどうしても許せなかった。
土の上だから来るなと怒鳴られた。
蜘蛛の廃棄を一目見たかったのに暗影に『土の上だから』という理由で断られた。
釈然としない怒りが込み上げてくる。
だからとりあえず車道に出て、向かってきた車を破壊しようと画策した。
殺さなければいいだろうとしか考えていなかった。
すると得体の知れない物を見た。
あれは、危険な物だと即座に理解した。
その物体は自転車のかごに載せられていた。
恐ろしく危険なものだ。
楓は恐怖に駆り立てられた。
だからだろうか。
楓はほとんど無意識的にあの自転車目掛けて土を滝のように振り落としたのは。
「!!」
美琴は突如上空から大量の土砂が襲い掛かってきた事に心から驚愕した。
「周壁無迅」
しかし自らの命を最優先したのか、この土砂の正体を即座に異能と理解し、罪人典に向かって呪文を詠唱した。
罪人典。
様々な呪に関する詠唱のパスワードが明記され、異能封じを施し、この本そのものが『異形』であるために誰でもパスワードを唱える事で呪的効果を発動できる異能武器。
美琴の呪文によって土は美琴の周りを滑るように落ちていった。
楓はちっと舌打ちし、哀悼な表情を浮かべる。
美琴は自転車を止め、楓に向かって言った。
「何のつもり? この化物」
楓は化物という言葉に言い知れぬ怒りを感じた。
楓は激昂した。
「私は化物などではない!」
しかし美琴は嘲るように返した。
「土を操るなんて化物のすることじゃない」
楓はキレた。
土が弾丸のように襲い掛かる。
しかし美琴には当らなかった。
「ほら、化物じゃない」
和信は中年の元へ歩む。
中年はその異様な気配を感じ、ばあっと身を翻した。
「楓! いたずらがすぎ・・・・・・・お前は」
中年―――暗影が和信を見つめる。
暗影は和信の眼に異様なものを感じた。
「屋敷の御曹司? なんだってこんな所に?」
和信は様々な疲労によって精神が病んでいた。
特に最後のアレは強烈だった。
現在和信は『彩音効果』にかかっていた。
和信の眼は虚ろで和信は非罪架を重火器のように横向きに持ち、その先端を暗影に向けた。
「死ね、化物!」
「何ぃ!?」
和信は引き金を引いた。
巨大な火炎が暗影に向かい、襲い掛かる。
ちなみにここは山の中なので当然山火事になるだろう。
しかし暗影は平然と猛り狂う炎を見つめていた。
そして暗影を焼き尽くすその直前。
暗影は雨を集約し、とてつもない水流を生成し、火炎を相殺した。
しかし和信は冷静なれず、依然彩音効果に犯されていた。
「この化物が!!」
周囲に雨がなくなっている今なら殺せると思ったのだろう。
しかし暗影は冷静に水溜りを空中に持ち上げ、水を氷に変換させて盾にした。
一瞬で氷は溶けて蒸発してしまったが溶け残った氷は水の弾丸となり、和信を襲った。
和信はあわてて非罪架を盾にする。
水の弾丸は非罪架に直撃し、中には和信を掠め、後ろの木に激突した。
その木には小さな穴が開いた。
暗影は冷たく告げた。
「屋敷の御曹司。何がお前を駆り立てるのかは知らんが雨の中や水の近くでは私には勝てんぞ」
「・・・・・・ちっ」
和信は忌々しく舌打ちした。
美琴は楓の攻撃をすべて弾いていた。
「どっちが化物なんだか」
楓が疲れたように吐き捨てた。
しかし美琴は軽い優越感に浸るように僅かに嘲笑しながら自慢気に言った。
「いいえ。私じゃなくてこの本が化物で出来ているだけよ」
美琴は楓に罪人典を見せつける。
楓は思索した。
(ようするに・・・あの女の周囲にバリアが張ってあると思えばいいのか・・・・・・・なら)
楓は笑った。
「あの女を包んでしまえ!」
そう言うと楓の周囲の土が物凄い速さで美琴の周りを取り囲んだ。
「え?」
美琴は怪訝そうにその土を見ていたが、次の瞬間それが手遅れになると気付いた。
土は美琴を包むように隙間のない球形となった。
今度は楓が嘲るように謳う。
「女、いくらバリアを張ったとしてもその外はただの空気。少なくともその中にずっといれば息ができなくなるわ。これで詰みね」
美琴は土の中で詠唱する。
「或言否定、福音否定!」
しかし無駄だった。
異能封じとは確かに異能科学最高の発明であるが、もはやこの土はただの土。何の呪的効果もないのでいくら唱えても意味がない。
楓は死刑宣告をした。
「このまま土の中に沈んでしまえ」
楓は笑いながら立ち去った。
すると美琴の入った球体はずぶずぶと道路の脇の土砂の中に沈んでいく。
しかし奇跡があるとするなら。
美琴の服が木の根に引っかかってくれたことでそれ以上沈む事がなかったことだろう。
雨の中で和信は狂っていた。
和信は非罪架を盾にして、暗影に突っ込んだ。
暗影は雨を集約し、水の波動胞をぶち込んだ。
その恐るべき水流は木々を次々と薙倒しながら和信を襲う。
まるで堤防が決壊した時の洪水のように世界を水洗する。
しかし水流は非罪架を破壊できなかった。
コンクリをも砕く水流でも破壊できなかった。
「御曹司・・・・・・なんだ、その十字架は?」
暗影が怪訝そうに訊ねる。
その瞳には明らかに恐怖が宿っていた。
暗影にはこれが異能封じによる効果だと知らなかったのだ。
暗影が怯んだその一瞬に和信が非罪架を近距離で向ける。
暗影は周囲の一切の水という水を空中に集め、滝のように落とし、和信もろとも洗い流した。
しかし暗影もまた、その水に流され、溺れてしまった。
「ぐぼがぼぐが!」
無様な断末魔を上げながら暗影は水に溺れ、下山した。
和信もまた、その洪水に流され、下山を余儀なくされた。
暗影は和信とは別地点で道路まで流された。
暗影は現在意識を失っている。
溺れてしまったためだ。
しかししばらくして楓が暗影を発見し、大事には至らなかった。
和信は体中いろいろな物にぶつかりながら下山した。
軋む体を引っ張りながら帰宅しようとすると、あやしい土を見つけた。
その土は何故か異様に盛り上がっていた。
和信は嫌な予感がし、非罪架をスコップ代わりにしてその土を掘り起こした。
中には美琴がいた。
和信は驚愕した。
「あああん! お兄ちゃあああああん!」
泣きじゃくる美琴。
和信は即座にこんな非人道的な真似を行った人間を牽引できた。
「よしよし。美琴、大丈夫だから、ほら、泣くな」
和信は美琴をあやしながら帰宅した。
美琴を生き埋めにした悪魔のような女、七条楓にいいようなのない殺意を抱きながら。