騎士はふと、気になった。
「おい、夏御蜜柑」
「はい。なんでしょうか?」
「お前、どうしたら金を出してくれる?」
瞬間、夏御蜜柑の衣装がいつものものになる。
「あはは、試験に合格したら1兆円でも2兆円でもあげるよ」
「・・・・・・・どんな試験だ?」
「そだね〜。ま、月から地球までどんな手段でもいいから帰る事ができたら1兆円あげるよ。金星なら2兆円かな。あはは」
「・・・・・・・・・・できるかそんな事」
「だろうね、じゃあ高度3000mから道具なしで飛び降りて生きていたら10億円あげるよ」
「ちなみに1億円は?」
「東京タワーのてっぺんからジャンプして生きてたらあげる。そういや90年くらい昔にエッフェル塔から飛び降りて死んだ人いたよね。その理由は飛び降りて生きてたら会社の融資をしてくれる・・・だったかな?」
つまりそれは、夏御蜜柑の試験がある意味では公平に行われていると言う事。
「おれは死にたくないんだ」
「1000万円なら都庁から飛び降りる。100万円なら20階建てのビルの屋上から飛び降りる。10万円なら10階。1万円なら・・・・・・そうだね、東京国際展示場の逆三角形のあのてっぺんからでいいよ」
「ずいぶん難しいんだな・・・」
「じゃあ1000円? これなら3階からでいいよ」
「痛そうだな・・・でもできるかこれなら」
「100円だったら2階でいいよ。10円なら・・・そうだね、電話ボックスの上でいいや。1円なら跳び箱8段のてっぺんでいいよ」
「100円を10回やれば・・・1000円か。割にあわねえな」
「あはは、だから昔からだ〜れもあたしに『金をくれ』って頼まないんだよ。自分の命はお金より重いみたいだからね」
「だろうなあ・・・」
「ただ昔ね。インチキしてパラシュートを隠し持って試験受けた子がいたんだけど、当然飛び降りてる最中にパラシュートは没収したよ」
「・・・・・・・・・・で、そいつは?」
「死んだに決まってんじゃん。ま、インチキはよくないからね」
騎士は夏御蜜柑に心から恐怖した。
夏御蜜柑は笑う。
「ちなみに過去最高金額は1883年に蚕の養殖で生計を立ててた林田桑夫ちゃんが松方正義ちゃん(当時の大蔵大臣・実在の人物)の起こした増税によって信じられないほどの莫大な借金をしたんだよ」
「何で?」
「お金がないからね、高利貸し(昔のサラ金)に借りたのさ8円。まあ、今の価値で15万円くらいだね。ところがね、可哀想な事に1883年からは生糸や米の価値が大暴落を起こして借金が返せなくなったのさ」
「ほう」
実はその大暴落が、日本国民の70%を小作人へと変えてしまったという恐るべき事態が発生した。
何故なら、農民が金を借りる際の担保は畑か田んぼしかなかったから。
それが返せないと、土地を失った農民として地主の畑を借りて、その半分の収穫を地主に、残った収穫からさらに税金を引いた金額した手元に残らない極貧生活を送る事になるのだ。
「そしたらたった一年で8円が32円になったんだねえ。ま、今で言えば60万円か。でもね、15万円の儲けもない家庭が60万円なんて返せるわけも無いんだよ」
「そりゃそうだ」
当時の金銭感覚は当然現代とは違う。
例えば第一回衆議院議員が納めるべき規定税金が現代の価値で29万円。
この29万円という条件は、当時の日本国民7000万人の人口においてわずか45万人。農民でいうのなら、地主でもない限りは絶対に不可能な金額であった。
これを鑑みれば60万円がどれほどの大金か想像できることだろう。
「そこで娘を売り飛ばすか、一家心中するかの二者択一だったんだ。だからあたしが試験して、桑夫ちゃんは見事合格したんだよ」
「どこから落ちた?」
騎士は思った。
どっちかというと60万円というより3000万円くらいな気がする。
なぜなら、現代の日本で1000万円以上納税する人間は7万人程度だから。
納税額の最高率は32.8%。即ち、45万人が納税する事を想定すると、彼らの年収は1500万円くらいだと推定できる。
「あはは。当時は高い建物がなかったからね。60万円分高さにして高度200mから飛び降りてもらったよ」
「・・・・・・・・・・・・・・よく、生きていたな」
普通なら五体バラバラになってしまう。
「あはは、全身粉砕骨折になったけどね。でもショック死はしなかったし打ち所もよかったからね、命は助かったよ。だからご褒美に60万円あげたよ。これで借金はチャラになって。もっともその翌日に桑夫ちゃんは死んじゃったけど。あはは」
騎士は思う。
夏御蜜柑は悪魔の化身だ。
「じゃあ、大学とか高校の合格祈願とかは?」
「あはは、もちろんあるよ。もっとも結局試験するわけだからどうだかねえ」
「でも倍率がない分簡単だろ?」
「そうかな? 例えば偏差値50の高校に受かるためには5教科250点〜270点とれば合格できるね。まあ、普通はね。でも偏差値60になると350点〜380点は無いと絶対に無理だね。偏差値はね、平均点じゃないんだ。偏差値65の学校になると400点〜430点はとらないと。偏差値70ともなれば450点〜460点とってもまだ危ないなあ。ま、これが基本的な学校の合格点数基準だよ」
「で、お前の試験は?」
「前例で言うと、昭和62年に三島孝之ちゃんが早稲田大学に受かるために国語の1教科受験を行って合格点96点以上。結果は87点で不合格。罰として早稲田に受験しても不合格にしといたよ。もっとも三島ちゃんは上智大学に行ったけどね。他には平成10年東大を目指す3浪の佐藤光彦ちゃんが論文『差別糾弾』で合格したね。まあ、現代日本の受験試験者はこの2人かな」
メリットがない。
そう騎士は思った。
「あはは、そうだね。メリットが無い。結局大学の入試を受けるわけだから二度手間になるしね。これだったら神社に1万円でも放り込んだほうがまだ建設的だと思うよ」
「そうかあ?」
それはさすがに違うと思う。
「じゃあ、夏御蜜柑にしてくれ? ていうやつはいるか?」
「へ?」
「いやよ。別にお前じゃなくても神にしてくれってやつはいるだろ?」
「まあね、いるよ」
「そういう場合はどうすりゃいいんだ?」
「同じだよ。試験を受ければいいのさ。ただし、度胸試しや誰でも努力次第でできる試験じゃないけどね」
「どんなだ?」
「殺しあうのさ。いるんだよこれが結構。『世界を自殺に満ちさせてくれ』とか『僕を君にしてくれ』とかね。そんな無茶苦茶な願いには無茶苦茶な試験を行うんだ。そういうのは殺人を行わせて、殺す事ができたら合格。殺されたら不合格」
「過激な・・・」
「やはりそれ相応でないとね。そういや昔あたしに勝負を挑んだ子もいたなあ。あはは」
「勝てるわけねえじゃねえか」
「当たり前だよ。その子は肉弾戦じゃ絶対に勝てない事を知ってたからカードできたね。もっともあたしに勝てるわけが無いんだけど」
「だろうな、将棋も碁もカードも麻雀なんかのテーブルゲームでも勝てるわけが無い」
「あはは。でも7年前にね、その子はTCGできたんだよ」
「TCG? なんだそりゃ?」
「トレーディングカードゲーム。早い話が遊戯玉とか葉っぱファイトとか悪襟とかだね」
「ああ、そういや一時期そんなのが流行ったな」
「そこであたしが仕方ないからデッキ組んでこてんぱんにのしてあげたよ」
「さすが・・・・・・どんなデッキか気になるな」
いや、それ以前になんのカードゲームなのか。
「いやあ、あの子も考えたよねえ。将棋や碁は頭脳が桁違いにものを言うからあたしに勝つことなんてできないし、麻雀やトランプは逆に運の要素が強すぎるからあたしの独壇場だ。でもTCGの場合なら既存のカードの組み合わせと運のバランスだからね。まあ、もっともあの子の手札が丸見えのあたしに勝てるわけが無いんだけど」
「そうか・・・お前はそれができたな。じゃあ絶対に勝てねえよ」
「ためしに騎士ちゃんやってみる? なんでもいいよ。カードや麻雀の場合どこに何のカードや牌があるのか丸見えだから勝てっこ無いと思うけど」
「それイカサマじゃないっすか?」
「あはは」