高也は鈴の死とグリモア・ラスボスの死を確認した。
「死んだのか・・・」
その重い口調を察したのか、シャトーが近づき、訊ねてきた。
「何? 死んじゃったの?」
「ああ、何でも鈴はグリモア・ラスボスがぶっ殺して、グリモア・ラスボスはレクリエールがぶっ殺したらしい」
シャトーは少し驚嘆した。
鈴といえば世界有数の軍事力を保有した既知外である。
しかも条約を無視し、異形兵器を大量生産しているとか。
そんなブラックリストの筆頭的人間をたった1頭の異形が殺した事も凄いが、それ以上にそんな異形をたった1人の異能が殺した事のほうがもっと凄い。
いったい魔女レクリエールは何者なのか。
「それで、中国支局の後釜は?」
シャトーが高也に近付きながらそう訊ねる。
「ああ、とりあえず謝爆が継ぐようだ」
「謝? 聞いた事無いなあ」
「俺もよく知らんが、謝は俺と一緒で高校なんか行かないでそのまま大学行ったそうだ。・・・・・・たしか人民大学だったかな?」
中国人民大学。
清華大学には及ばないものの超難関大学の一つ。
文系専門の大学。
ちなみに清華大学は理系。
「そういえばさ、何で高也は高校に行かなかったの?」
その言葉に高也の眼つきが変貌する。
暗く、深いグランブルー。
高也はそんな双眸でシャトーに話した。
「俺はさ、教師ってのが大嫌いでよ、無能の分際であっちの水は甘いぞこっちの水は甘いぞって下衆な事をするしか脳のねえあの人種がいるような機関に一年だっていたくなかった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
シャトーは絶句した。
高也は一体何を言っているのだろうか。
気でも狂ったのだろうか。
だったら嫌だな
「俺の両親が死んだのは知ってるよな」
「うん」
「ただ、親は金だけは山程残してくれたから生活には困らなかった。・・・・・・もっとも、そのせいで今まで一度も合った事の無い親戚とかほざく人種が現れて、力づくでその金を搾取しようとしたんだよ」
高也は立ち上がり、窓を見る。
「しかし俺たちは金を守った。金で金を守ったんだ。・・・わかるか?」
高也が首だけ振り。シャトーを見据える。
シャトーは一瞬困惑した。
「まあ、何となく」
「まあ、金はあっても親無しのせいで・・・色々苦労したわけだ」
高也が部屋を歩き回る。
「特にひどかったのは学校生活だ」
その眼を見た瞬間、石化したような気がした。
凶悪な眼差し。
「金はあるくせに親がいないせいで、俺たちは毎日いじめられ、疎んじられ、蔑まれた」
高也がソファに腰をおろし、自分で茶を淹れ、啜る。
シャトーもそれにつられるように座り、茶を啜る。
「物は盗まれ、壊され、俺は殴られ、追い出され・・・そうだな、具体例を挙げると給食の味噌汁に牛乳をぶち込まれ、5人がかりで無理矢理飲まされたりとか、てめえで壊した時計を俺のせいに仕立て上げたりとか、休み時間遊びと称してリンチしたりとか、教科書を便器に流したりとか、それはそれは色々やられたものだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でもな、俺はそんな事はあまり気にしちゃいなかった。どうせ20年もすれば俺がそいつらの上に立つと判っていたからだ。弱者の嫉みにいちいち理解は示さんさ。・・・・・・俺が許せないのはそんな事じゃない」
高也は湯呑をテーブルに叩きつける。
その仕草にどきりとした。
「中学受験の時だ、俺は塔大学高校の付属中学を受験した。・・・なに、あそこが天地県内で一番偏差値が高かったからだ。筆記試験は・・・完璧だった。我ながら何かが降臨したのかと思ってしまう程にできた。・・・・・・だが、面接で、」
高也の表情が異様に歪む。
「俺が親無しだという理由で、俺を落としやがった。・・・あいつらはいつもそうだ。俺がいくらいじめられてもあいつらは黙殺し、親無しなのをいい事にやりたい放題。・・・知ってるか? 俺の姉貴が教師に強姦されかけたことがあるのを。もっとも未遂で終ったが、あいつらは下衆だ。人間の風上にも置けない虫けらだ!」
シャトーは困惑している。
高也は基本的には温厚な部類に入り、どちらかというと頼りなささえ感じたやさ男というイメージが少なからずあったからだ。
自分の権力にしがみつくしか能の無いヘタレとさえ、思っていた。
なんだこの男の禍々しい表情は?
「そもそも俺はいじめられたからどうと言う事は無い。勉強もスポーツも俺が学年で1位だった事に対する僻みでしかない彼らの悲痛な抵抗に腹など立たん。しかし教師は別だ。あいつらは公務員U種という自覚はあっても人を先導するという自覚に欠け、自分の安寧しか考えていない糞虫だと言う事だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
シャトーは何自分を棚に上げてそんなことをほざいているのかと思った。
お前こそまさにそいつらと同じ種族の人間じゃないか。
人の振り見て我が振り直せ。
今、駆除から逃れようと国外逃亡を謀った異能が日本に辿り着いた。
英国の管理体制は恐怖統治だった。
ほんの僅かな綻びでも容赦なく抹殺する。
以前はこうではなかった。
異能でも大事を起こさない限りは駆除されなかった。
しかし去年からその管理体制が一変した。
おそらく統治者が変わったためだろうが何て暴君。
民主主義国家であるはずの英国においてこの専制的恐怖統治はないだろう。
しかもどうやら統治者が変わった際『綱紀粛正』が行われ、管理者たちの首が片っ端から挿げ替えられた。
しかも統治者が危険と判断した場合ろくに調べもしないで異能駆除の名目で殺しに殺しに殺しまくった。
まさにスターリン。
だから亡命するしか道はなかった。
最後に祖国を後にする時、統治者の姿を見た事がある。
アレはおかしい。
21、2の女の自体充分おかしいが、それ以上にアレは何か違う。
悪魔と言って差し支えない。
亜美と圭司はようやく帰るらしく、若菜市を去ろうとしていた。
その途中、2人はサファイアに立ち寄った。
しかし当然潰れていた。
「閉店しちゃったの・・・」
「ずいぶん急だな・・・」
2人は閉店したサファイアを見つめる。
「行こうか」
1分ほど佇んでいたが圭司がそう言って亜美を促した。
「あ・・・・・・うん、わかったの」
2人がしばし呆然としていた理由。
店内ががらんどうではなかったのだ。
すごく不自然な閉店だった。
夕方。
高也の部屋に1本の電話が入った。
「高也、英国代表」
シャトーが簡素に答える。
高也は何事かと首を傾げながら受話器を取った。
「あ? どうした?」
「下手くそな英語・・・」
シャトーがそう溢した。
しかし高也は気にする様子もなく電話に耳を傾ける。
「ねえ風倉。今日日本に到着した異能がいるの」
「は?」
高也は要領を得ない。
「こほん、じゃあ順序立てて言うわ。まずわたしの管理体制は『疑わしきは殺す』なの」
「はあ」
そこから話すのかよ。と思った一面と『罰す』じゃなくて『殺す』のかよ。という一面の両輪に幾許か辟易した。
「そこで1人の異能に嫌疑がかけられたから殺そうとしたの。で、わたしの駆除部隊がその異能の家を暗殺形態で襲撃、1人の異能を殺してめでたく箔がつくはずだった・・・」
「ほう」
高也は思う。
ルーシアは危険な女かもしれない。
「ところが間一髪の所で暗殺に失敗。その異能は逃亡を謀った。でもそれで諦めるわたしじゃなかった。すぐさま部隊を漸増し、その異能を追跡。ところがあと一歩といったところで国外に逃がしてしまった」
「・・・なるほど」
「しかし調査員の執拗な追跡によって日本に逃げたと判明。そこで風倉に殺してもらおうとこうしてこのわたしが直通で電話したというわけ。・・・これで理解できた?」
「ああ、わかった。・・・で、その異能ってのは?」
「その異能の名前はフランドール・ティア。異能は『太陽の線』とでも言うのかしら? 体内の電力が常人に比べて極めて強く、蛍光灯に触れた瞬間に蛍光灯が灯る」
高也は昔のTV番組で全く同じ芸当をした東南アジアの人間を思い出した。
さらに連鎖するように乾電池を握るだけでハゲ頭が光る剣の達人の高校生(ダブり)も思い出した。
「それ・・・異能か?」
だからこんな返答になる。
「勿論。たしかにそれだけなら異能とは言えないただの特異体質で済むけどフランドールの場合その電力を体外に放出する事が出来る。でもそれは放電じゃないの。この能力は発光。全身あるいは体の一部を自由に発光することが出来る能力ね」
高也は想像してみる。
体がぴかぴか光る人間。
何か滑稽だ。
「なんか電灯みたいだな」
「うん、局内では『人間電灯』って呼んでる」
高也は疑問に思った。
そんな異能のどこが駆除に値するんだ?
おそらく異能に関する殺傷力は無いだろうし、犯罪に使用しようにもできて強盗。逆立ちしたって死刑にするような異能じゃない。
「ルーシア。そんな異能のどこが駆除対象になるんだ?」
ルーシアの声はどこか憤っていた。
「何言っているの? フランドールの光力は確認されていないし、光よ!? その気になればテロにだって使える非常に危険な能力じゃない! そんな危険な異能は一刻も早く殺さないと」
高也は確信した。
ルーシアは危険な女だ。
そもそもこいつが前任者を薬漬けにして今の地位に立った時点で気付いていたじゃないか。
憶測だけで殺人を行うトップにろくなのはいない。
ヒトラーしかりスターリンしかりポル・ポトしかり。
どれも歴史に名立たる大悪人。
高也は一つ聞いてみた。
これは聞かなければならないことだと思った。
「ルーシア。聞きたくないがズバリ聞く。お前がどうせ局長になったときは俺同様反乱の芽は摘んだんだろうが・・・お前何した?」
高也が局長になった際、反乱をおこしそうな役員を更迭した。
別に珍しい事ではない。
それだけなら対して珍しくは無い。
ルーシアはまるで空気を吸うかの如くあたりまえな口調で答えた。
「は? そんなの殺したに決まってるじゃない」
何を今更と言ったその口調に高也は今、ルーシア・セモイラという人物が今は亡き鈴検孫よりも遥かに凶悪な人物であると言う事を理解した。
悪魔かこの女は・・・。
高也は聞こえないようにそう呟いた。
フランドールは取り合えず逃亡先を選定していた。
IEEOは日本にもある事を知っているからだ。
というよりIEEOが無い国は入国困難だったり生活に苦しむような非開拓国だったりとろくな所が無い。
だから調べに調べ、一番駆除される確立が低い所を選んだ。
それがここだった。
何でも日本では殺人クラスの異能犯を犯さない限り駆除される事は無いそうだ。
夢のような話だ。
英国においては能力を所有しているというだけで死刑になるのに。
欧州一帯はさすがに英国ほどではないが、やはり軽犯罪に異能を用いれば駆除対象になるようだし、何より近すぎて英国の追手が恐い。
中国はまずい。
何でも異能や異形は突如として拉致され、人体実験の対象になるとか。
米国もよくない。
英国の親分だから実によくない。
韓国は規定が厳しく、異能の犯罪に関するシステムを持っているから好ましくない。
南米や東南アジアの諸国も欧州一帯と同じで軽犯罪で死刑になる。
中東は宗教色が強すぎて違う方向で殺されかねない。
アフリカ系は・・・よくわからないが、あまり行きたいと思わない。
となると軽犯罪はおろか、基本的な犯罪に異能を用いても証拠がなければ駆除しない天国のようなこの国を選ぶのは自明の理。
しかし油断は禁物。
できるだけ遠くに避難しよう。
タクシーに乗り、できるだけ遠くととてつもなく漠然とした目的地を指定し、「それじゃわからん」と言われたので、「山奥」と拙い日本語で言うと、運ちゃんはぽりぽりと頭を掻きながら取り敢えず走ってくれた。場所は天地県若菜市。道のりは5時間。当然であるが財布が空になった。
ルーシアは自分に逆らう全て者を粛清した。
当然、彼女の言う粛清とは比喩でも何でもなく、文字通りの粛清である。
ある者は国外逃亡を余儀なくされ、ある者は全財産を奪われ、ある者は貴族階級を剥奪され、そしてこれが一番多いのだが、ある者は彼女の手の者によって暗殺された。
ルーシアと鈴はある程度仲が良かった。
知り合い以上友人未満といったところか。
ルーシアは別に鈴のように世界征服など不可能の極みみたいな事は望まない。
ヒトラーのような千年王国も望まないし、スターリンのような多民族国家の完成も望まないし、ポル・ポトのような病院も学校も貨幣もいらない独自の世界も望まない。
ルーシアの望みは『化物のいない世界』だった。
ある意味では鈴以上に不可能な事であるが、当の本人は大真面目だ。
そんな既知外な欲望を実現するためには是が非にでも局長になる必要があった。
だから薬漬けにしてでも局長になったし、実現する際には当然、反対者が出る。
ルーシアはそれらを淘汰した。
このヒトラーのユダヤ人絶滅にも似た作為は、ヒトラーの千年王国に似た作為を持った鈴と実に気が合った。
ヒトラーの闇を求めた女とヒトラーの光を求めた男。
ルーシアが就任してから2年間に駆除した異能、異形数は前任者、グレン・マークスが就任していた10年間に駆除した数の2倍に及ぶという。
異能だと判断されれば即殺害し、異形なんか見つけた日には即部隊が出動である。
その甲斐もあってか英国における異能、異形数は世界一少なく、2年前には6500人はいたとされる異能数も今や100人未満にまで激減した。
無論6400人近い異能のうちの6000人はルーシアによって抹殺された。
もはや来年中には英国における異能は絶滅するに違いない。
すでに異形も10体いるかいないかと推測され、草の根分けて探し出している。
しかしルーシアも馬鹿ではなく、英国から異形、異能が絶滅しても欧州やアジアに乗り出す気は毛頭ない。
はっきり言って内政干渉になるからだ。
ただ、国外逃亡した異能に関しては追跡するか、その国に駆除を依頼する。
そうやって自分が一生涯安寧に過ごせるための国家を創り上げれば他に望むものはない。
貴族の倫理と同じだ。
ルーシアはケンブリッジ大学で中世言語を学び、しかし異能歴史学を学ぶために留学し、在学中にIEEOに入り、そのままわずか1年で前任者を叩き落し、局長に就任。
ちなみに大学は落第。
カレッジを早々に追われ、現在は自宅に住んでいる。
フランドールは重い腰を上げた。
「・・・・・・・疲れた・・・」
すっと座りっぱなしというのも疲れるものだ。
外は民家が極僅かにちらほらと見当たるだけで、あとは広大な田んぼと山しかない。
比率で言うと山7:田んぼ2:民家1といったところか。
凄まじい田舎だ。
「ここなら・・・大丈夫かな」
とりあえずフランドールは今日の宿を探した。
ちなみに当然こんな田舎に外人が闊歩していれば周囲の耳に入るというもの。
傾城の美女・・・とは言わないが顔立ちは絶対的に悪くない。
少なくとも、過疎の過疎の過疎であるゴーストタウン寸前のこんな田舎の人間が見たら垂涎は必至であろう。
その情報は若菜市、それも若菜上の住人である高也の耳に入らないわけがない。
「偶然って恐いな・・・」
高也は送信されたフランドールのデータと照らし合わせ、そう呟いた。
「で、どうするの?」
シャトーが高也のパソコンを後ろから眺めながらそう言った。
この質問の意味するところは一つしかない。
「どうしよう・・・いや、フランドールが日本にいる以上は駆除決定権は俺にあるんだけどさあ、ただの人間電灯をどうして駆除する必要があろうか」
「そうね。この国では一撃必殺の異能さえも駆除しないもんね。ま、そもそもここは月草がいる国だからしょうがないのかな」
シャトーは高也を完全に馬鹿にした表情を浮かべ、そう呟く。
高也とて意識していないわけではない。
俺は甘すぎる。
何だかんだいってもこの1年でまだ10人くらいしか駆除していない。
明らかに少なすぎる。
英国の年間3000人の抹殺とは言わないがそれでも他国の平均200〜300に比べると圧倒的に少ない。
こうして見ると英国は圧倒的に多いが、あまり気にしないほうがいいのかもしれない。
これからは少し厳しくいこうか。
来年の駆除数は100くらいにアップさせよう。
そう思った。
「わかった。じゃあこれからは少し厳しく行く。その第一線として可哀想だがフランドールを駆除しよう」
その言葉にシャトーが少し関心の色を見せる。
「オッケー。じゃあ部隊を編成するね」
フランドールは宿に取り遇えず1泊した。
その後、しばらく住めそうな物件を探しに出かけたが中々いいのがない。
というより田舎すぎてそういう建造物が見当たらない。
もう少し人口が多い方がよかったかもしれない。
フランドールは今更ながら後悔した。
しかし金はもう、あまり残されていない。
すると1軒の豪邸の前に差し掛かったとき、とんでもない事を耳にした。
フランドールは喋る事はほとんどできないが日本語を聞き取る事はかろうじてできる。
でなきゃ日本なんかには来ない。
「菓子、また変なの買ったでしょ」
「別に変なのじゃないし、いつもの兵器でもないわ。高也くんからもらった異形武器で・・・確か名前は『妖艶夜叉』だったかな?」
異形武器。
実はフランドールはこの言葉は何と24ヶ国語も知っている。
異能だとわかった日からその手の勉強はしてきたからよくわかる。
他にもIEEO、異能協会、レクリエール、月草などなど、かなりの知識を習得した。
と言う事はこの豪邸はIEEOの人間の住居。
やばい。
この豪邸具合から察するにかなり高い役職の人間。
フランドールは慌てて物陰に隠れた。
すると2人の若い女が出てきた。
さらに2人の会話はフランドールを驚愕させた。
「そういえば昨日何で部屋に篭ってたの?」
「コレクションの整理に忙しかったからね。この前密輸・・・ごほっ、まあとにかく手に入れた短機関銃の整備に没頭しちゃってね」
短機関銃!?
サブマシンガンですか!
この無銃国家にマシンガンですか!!
「・・・・・・前から気になってたんだけど・・・どこにそんな兵器を買うお金がある?」
「・・・高也くんには内緒よ。ほら、IEEOって一応そういう組織じゃない? しかも高也くん局長だし、だから勝手に高也くんの名義で注文してるの。だからタダ」
「あんた・・・・・・・・・」
局長!?
この2人の身内は局長!?
まずい。
まずいまずいまずい。
局長といえば粛清と淘汰を行う悪魔の化身。
いくら日本が平穏とはいえ、そんな危険な人物がいる所には居られない。
金がないけどしょうがない、こんな田舎じゃなくもう少し街と言える所に逃亡するか。
そんな意思が決定したはいいのだが、次の言葉はフランドールの人生でルーシアに暗殺されかけたあの日の次に驚愕した。
「そういえばさ、昨日ここに来た外人さんって異能なんだってね」
「そうらしいわね」
「何でも英国からの指名手配犯らしくて駆除対象になってるそうだよ」
「ふ〜ん。若い身空で悲惨なものね」
統治者の魔の手がここまで迫っていたのか。
さすがに堪えた。
別にワタシが何をしたというのか。
ただ体が光る特異体質なだけじゃないか。
日本はもう駄目だ、別の国へ行くしかない。
しかしもう飛行機代どころか空港までの交通費もない。
万事休すか・・・。
いや、まだ終ったわけじゃない。
海外逃亡のために必要な資金を早急に得るためには銀行でも襲うか、いや、そんな時間はない。
銀行強盗は時間がかかる。
となると営利誘拐。
もうこれしかない。
しかしIEEOの連中は凶悪無比な殺人鬼の集団。
下手すれば人質ごと殺しかねない。
そういえばあそこにいるのは日本局長の身内。
あれなら大丈夫だ。
もう、それしかない。
あの女性を誘拐し、海外へ逃亡する。
となると最低限の武器がいる。
そういえばあの豪邸には短機関銃があるとか言っていた。
至れり尽せりじゃないか。
武器をあの豪邸で調達して、誘拐し、逃亡する。
うん、これだ。
これしかない。
フランドールはそう決心し、徐に豪邸に向かって走り出した。
悪魔。
これも吸血鬼同様欧州あたりのイメージが強く、こちらの場合は宗教色が極めて強く影響している。
しかもこれもキリスト教の悪魔が異常に知名度が高い。
しかし現状において教義にでてくるような物騒な悪魔が横行するはずもなく、また、そんな物騒なモノを召喚した大馬鹿者たちも全員処刑し、またそのせいで世に蔓延ってしまった悪魔達は異能協会の活躍によって全て屠られた。
しかしキリスト教以外に何があるだろうか。代表的なものをあげてみた。
フンババ(アッカド神話)。
クルス(エルトリア神話)。
ケルベロス(ギリシャ神話)。
阿修羅(ヒンズー教)。
アラル(カルデア神話)。
イブリース(イスラム教)。
他にも多々存在するだろうがキリスト教に比べて明らかに絶対数が少ない。
さらに言えば毎年のように存在する悪魔に憑かれた人間が拍車をかけるのだろう。
しかも他の悪魔は神話にばかり集中し、なるほどキリスト教に注目が集まるのも無理は無い。
いわゆるサタンになるのだろうが生憎地球上に存在している悪魔にそんなのはいない。
いや、カトリックでは立派に悪魔と定義しているがIEEOではそれらは悪魔と定義していない。
現在悪魔は仏教観念の悪魔しか存在していない。
いわゆる『生の略奪者』である。
かつて、法然は言った。
「道が盛んであるならば、魔もまた盛んである。仏道の追求においては必ず魔の障難が具わっている」
これはキリスト教にも通じる所があり、かつてキリストがシナイ山で断食をしていた時、この『魔』が襲い掛かったという。
もっともキリストはこれをサタンと定義したが。
して、現在存在する悪魔といってもまさか第六天魔王が存在するわけがないので、いわゆる『思念の具現体』と定義される悪い言い方をすると低級な怨念が横行している。
が、IEEOの局員に彼らを低級と嘲る者はいない。
怨念の分際で具現化しているため彼らは『死なない』のだ。
何故なら『生きていない』から。
しかし低級なせいか、『生』を略奪してしまえば、何と悪魔は死んでしまうのだ。
生きてないからこそ、生を手にしたとき、彼らは消滅、即ち死を選ぶ。
しかもそれらの怨念の具現体は怨念数の0.0001%にも満たず、異能協会時代から確認できた悪魔はトータルしてたったの96人。
さらに現在においても存在するのはたったの25人。
彼らは魔法を駆使し、人間から生の根底原理『魂』を奪取することで生を略奪し、死亡する。
だからこそ減少の一途を辿るのだが。
これはどこの宗教でも普遍的には同じなのだが、悪魔の力は問答無用で『魔法』と定義される。
異能協会が魔女狩りをしていた時期、悪魔の対処と平行していたため、『魔法』で通してしまったことも起因だろう。
そのため96人の能力は皆バラバラで、共通点は『具現する以前の怨念の原体』の能力になる。
ようするに例えば樹から具現した悪魔は樹に関する魔法が使えると言う事だ。
死なないためどうやっても駆除できず、魔法を駆使し、生を奪う。そんな出鱈目な存在を嘲る奴はそれこそ嘲笑するに相応しい馬鹿の中の馬鹿といえよう。
そのため、ランク的には低級でも、階級的には皆『自由』以上の階級にいる。
もっとも駆除不可能なのだから当然といえば当然であるが。