全てを貫く矛と全てを弾く盾。

 それらを衝突させてみたらどうなるのか。

 やってみたいと、思わない?

 

 

 

 紅暦1970年。

 

 

 

 使用文字は漢字。

 使用発音は英語。

 漢字を英語で発音する。

 

 

 

 空は緑。

 透き通るような緑。

 ふと見ると、星が沢山落下してくる。

 その果てには太陽が。

 

 

 

 宇宙は光っている。

 だから恒星はいらない。

 だから、太陽は1つでいい。

 

 

 

 生物はいない。

 鉱物もいない。

 いるのは死体と塵芥。

 でも、彼らは生きている。

 

 

 

 赤い世界。

 見渡す限り真っ青な赤の世界。

 

 

 

 世界の果てには宇宙があって。

 その果てには地球があって。

 地球の果てには太陽がある。

 

 

 

 健常なる世界。

 

 

 

「僕の仕事はこの秩序に満ち溢れた世界を破滅させることだ」

 幻想主人はそう言った。

 世界は正当である。

 その正当な法則を否定する事が、幻想主人の存在意義だ。

 この世界は秩序に満ち溢れている。

 

 

 

 争いはなくとも暴力のある世界。

 生物はいなくとも死体はある世界。

 青一色なのに赤と定義される世界。

 それは秩序なのだ。

 

 

 

 この世界を維持する法則にニュートンもメンデルもいらない。

 それとは全く異なる法則が世界を支えているからだ。

 だから、この世界はどこまでも健常なのだ。

 

 

 

 この世界が生まれてから1970年。

 だから紅歴1970年。

 ほら、秩序に満ちている。

 ただ常識的に謎なのは、たった1970年で惑星があり、なによりも1971年前がどうなっていたかを誰も知らない事だ。

 しかし、それは常識的な謎であり、彼らの謎ではない。

 何故なら時間が誕生したのが1970年前であり、それから1秒前は時間が存在しなかったから。

 この世界の構成する時間の定義はクロノスでもカイロスでもない。

 つまり、この世界の時間とは、生物の確認を拒絶している。

 この世界そのものが時間の誕生と共に具現したものだから。

 全ての概念が誕生して1970年。

『概念』が誕生した世界。

 だからこそ、『生物』『鉱物』が存在しない世界。

 概念だけの世界。

 そしてこの世界を構成する概念はたった一つ。

 たった一つの概念だけしかないのだ。

 

 

 

 なにかが狂っている気がした。

 

 

 

 それを最初に確認したのが、察知したのが、感受したのが、御川啓介だった。

 彼は生物ではない。

 うつらうつらと猫眠る。

「三元・・・厚情怨嗟・・・供奉・・・柾目・・・・・・球・・・乖離」

 言語的に狂っている事には気づいていなかった。

 一応これから全言語は翻訳する。

 ここは学校。

 ただ、勉学をするための機関ではない。

 学校の中には通学路がある。

 学校の外は一面の草原。

 真っ赤に染まった紅の草原。

 御川は教室にて自分の机に俯くのだ。

 学校だから。

 御川が気づいた異変は必要性の皆無だった。

 この世界には必要性がない。

 学校の中に通学路があり、教室があり、廊下がある。

 しかし通学路があり、御川も他の生徒も毎日登校しているのに肝心な家がない。

 だから彼らはいつ、どこから登校するかが常識的は不明である。

 でも、その点については問題ではない。

 彼らは学校の時間になると同時に発生するから。

 問題は、同じ学校内なのに何故登校しなければならないか? である。

 御川の気づいた異変はそれだけではないが、御川は知っていた。

 この異変を疑問に思う事がタブーである事を。

 だから、何も言わなかった。

 御川はごろりと体を傾げる。

 

 

 

 学校が遠くに見える紅の草原。

 その中に点在する一本の木。

 幻想主人はその木を目指していた。

 彼の目的とする人物を見つけたから。

 幻想主人はやさしく、しかし威厳を持った声でその人物に声をかける。

「見つけましたよ。まったく学校にいないと思ったら草原のいるとは・・・早く宝石箱に戻ってください」

 その相手、空想侍女は眠っていた意識を覚醒させ、うっすらと目を開ける。

「あー旦那様ですか。今休憩中です」

 せんすいおうまいくねるそん。

「あのね・・・早く宝石箱に戻って学校を維持してください。もう生徒は全員登校しているんですからね」

「ふう、せっかくこんないい天気なのになあ」

「そうですね。でもダメです。貴女がいないと開校できないんですから」

 空想侍女の気だるそうな表情に、幻想主人は疲れたように諭す。

 それに呼応したのか、空想侍女は苦笑しながら立ち上がり、学校を目指した。

「はいはい。わかりました。では行きましょうか。旦那様もお仕事ですよね?」

「ええ。ですから貴女が必要なんです。さ、行きますよ」

 疲れたように幻想主人は答え、空想侍女に手を差し伸べた。

 空想侍女はその手を握り締める。

「はい」 



回帰