チャイムの音は一層色彩を肯定させた。
観念が流れるように崩落するドロドロの快感。
音という概念さえも感じ得ない定義の連鎖。
違和感を、御川啓介は察知した。
でも、それをどうする事もできない。
ふとした一角。
廊下の概念を定義する。仮定したとした場合。
つまり、学校の廊下。
一定のリズムにて弾むは足音。
それと同時に重なる音響の音色。
その発信する音源は、明らかに声だった。
「蜜柑ちゃーん。早くしないと侍女さん来ちゃうよ〜」
菜種千夏は小走りで教室へと向かっていた。
後ろに水村蜜柑を引き連れて。
蜜柑はため息をついて千夏の後をてくてくとつけていく。
その足取りはどこか重い。
「千夏ちゃん。あわてなくても侍女様なら許してくださるよ」
連鎖、円連、定義。
狂った世界の紅の空間に佇むくれないの感覚。
ふと、意識した。
啓介は疲れていた。
しかし立ち上がり、移動する。
教室は別だからだ。
この教室は先ほどの教室。
即ち、もう二度と使われる事は無いだろう。
それもまた、違和感だった。
何故、いちいち概念を生成してその概念を否定するのか?
不完全な感覚だから。
違和感があった。
啓介はそんな違和感を払拭し、教室を目指した。
教室を否定して、教室を肯定する。
千夏は前を見ていたはずなのに。
いきなり教室より否定された概念との衝突はどこまでも避けられないものとなっていた。
否定するのは乖離のカイロス。
「あ、千夏ちゃん! 前!」
「え?」
それに気づいた蜜柑は慌てて叫ぶがしかし遅い。
落下することなく発生した無摩擦の衝突は永久に衝撃を否定する事なく世界を破滅させる。
「わっ!」
「きゃ!」
理解の外。
感覚の外。
でも、概念の中。
摩擦がないから衝撃は永続する物理的法則さえもこの世界では生ぬるい。
故に法則を否定し、概念を定義しない。
故に、存在しないのだ。
2人は狂ったように転んだ。
ただ、それだけの事なのに。
幾許の定義する連鎖の果て、先に意識を覚醒させた概念は千夏だった。
「だ、大丈夫?」
その表情はどこまでも困惑の色を隠せない。
しかしその声に呼応するように反射した反応速度は啓介を覚醒させるに至った。
恐るべき理解連鎖。
丘陵状の世界。
「いててて・・・あ、ああ、平気平気。大丈夫だよ。キミは大丈夫だった?」
「うん。あたしは大丈夫だよ」
満面の笑み。
揺れる交差。
紅の世界。
色が惜しい。
「えへへ、よかった」
「あ・・・うん。あ、それよりも早く教室に行かないと」
「あ、そうだね」
啓介は立ち上がり、世界を見回した。
違和感。
何か違和感。
い・わ・か・ん。
違和感だった。
しかし前に佇む千夏の笑みの前にその懸念は払拭される。
ふと、後ろを見ると困惑したような表情を浮かべる蜜柑の姿があった。
「あ、ああ。大丈夫。行こう」
啓介は一瞬の間隙の困惑の中の錯視を否定する刹那、満面の笑みを浮かべた。