悪魔の笑いが木霊する。

 狂った研鑚が言葉を削る。

 泣いて笑うのはせせらぎの特権。

 誰何の名産地。

 

 

 

 この世界の定義は空間である。

 故に、夏御蜜柑の存在は不可能である。

 何故なら、まだ夏御蜜柑は誕生していないのだから。

 では、何故、5人は夏御蜜柑の定義を理解しているのかに、御川は疑問を抱く。

 違和感である。

 誰何の名産地。

 

 

 

 夏御蜜柑は存在しているのだろうか?

 そもそも、夏御蜜柑が全知全能であるなら『誕生する前から存在する』事も可能である。

 その矛盾さえも具現化できる全知全能の理念を蜜柑は理解していたからこそ、御川とは違い困惑がない。

 そもそも全知全能などという観念は無茶苦茶なのだ。

 どんな言葉遊びさえも可能とするため、誕生なんかなくてもいいのだから。

 いかなる矛盾さえも可能とする、否、夏御蜜柑は矛盾だからこそ可能であるという定義の逆転。

 それを理解する事を可能とする蜜柑はてくてくとどこにいるのかも不明な夏御蜜柑を目指して歩み出した。

 当たり前だが教室を抜け出して。

 誰何の名産地。

 

 

 

 蜜柑は夏御蜜柑を見た。

 それは言葉だけだった。

 笑いは無い。

 あるはずが無い。

 何も無い。

 誰何の名産地。

 

 

 

「失礼します」

 蜜柑は夏御蜜柑にぺこりと頭を垂れる。

 その仕草は幾百光年の彼方にぽつりと点在する一瞬の電波さえも歪曲させる事だろう。

 夏御蜜柑は蜜柑に出会うことは無かった。

 夏御蜜柑は存在している。

 と、思う。

 夏御蜜柑の声が揺れ出した。

 波紋となってコードとなって言語となって言葉を紡ぎ出す。

 それは、常識的な現象だった。

「今日は帰るよ。みんなの楽園を邪魔しちゃ悪いもん。じゃあね、お母さん」

 最後の言葉は違和感だった。

 この時1970年の人生の中で初めて違和感を感じた。

「?」

「どうしたの? 蜜柑ちゃんはあたしのお母さんでしょう?」

 そんなのわかるわけがない。

 夏御蜜柑など生んだ記憶も創った記憶も可能とした記憶も具現化した記憶も発現した記憶も定義した記憶もない。

 つまり、生成した記憶がない。

「わかってほしかったな。蜜柑ちゃんがあたしを生んだ事を」

 その音波はどこか寂しげだった。

 いや、音波というよりは声だ。

 これは声だ。

 断言できる。

 しかし、蜜柑は怪訝そうに首を傾げ、ぽつりと呟いた。

「いつ?」

 誰何の名産地。

 

 

 

 蜜柑がつまらなそうに脳内を思索する。

 思索しているとまるで宇宙が真っ赤に染まって大爆発を起しそうでなんか不安だった。

 そんな恐怖の怪訝に侵食された寄生虫の中の染まった一輪の花束が噴火する時。

 どこからともなく千夏がやってきた。

「うう・・・蜜柑ちゃ〜ん」

 その表情はどこか、というよりもあからさまに哀しげで、その双眸には涙を溜めていた。

 何が哀しいのか蜜柑にも、誰にも理解できない。

 宇宙は誰何である。

 誰何の名産地。

 

 

 

 蜜柑はそんな千夏を見て、ちょっと回ってみた。

 くるくると。

 すると宇宙は破裂した。

 そんな奇怪な現象に、千夏は笑った。

「ははっ、きれーい」

 宇宙の破裂はとても美しかった。

 この粉砕の前には世界中の如何なる花火もただの熱線に過ぎない。

 落ち着きを取り戻したと勝手に判断した蜜柑は突撃的に千夏に尋ねた。

「どうしたの?」

 困惑。

 困惑。

 困惑。

 困惑。

 千夏は頭を捻る。

 しかし出た結論は無血開城だった。

「あれ? 忘れちゃった」

「・・・・・・・・・・・」

 蜜柑は呆れた表情を浮かべる。

 誰何の名産地。

 

 

 

 夏御蜜柑の声はどこかに入ってきた。

 その声の法則に物理はいらない。

 そもそもこの世界に物理法則は存在しない。

 重力がない。

 揚力もない。

 摩擦もない。

 大気もない。

 生物もいない。

 鉱物もない。

 だから、法則が通用しない。

「へー蜜柑ちゃん夏御蜜柑のお母さんなんだ」

 千夏はあっけらかんと答える。

 しかし蜜柑は怪訝そうだ。

「生んだ覚えがないんだけど・・・」

「大丈夫だよ! 夏御蜜柑は何でもできるんだからきっと蜜柑ちゃんから生まれるよ!!」

 実に奇怪な解答だった。

 しかし夏御蜜柑なら可能だから始末が悪い。

「じゃああたしが生もうか?」

「・・・どうやって?」

「夏御蜜柑に頼んで」

 おかしい会話、とういうより理論だった。

 その狂った世界は共鳴を起す。

 誰何の名産地。

 

 

 

 御川はそんな2人の会話を耳にした。

 違和感。

「おかしいよ・・・それ」

「あ、御川くん」

「御川ちゃんも来たんだ」

「まあ、取り敢えず」

 刹那。

 七つの太陽が宇宙に向かって飛来した。

 それは軌道を変え、宇宙を飲み込み、そのまま3人に襲い掛かる。

「わあー」

 千夏が感嘆する。

 誰何の名産地。

 

 

 

 御川はただ眺め居ているだけだった。

 蜜柑はつまらなそうに傍観していた。

 千夏は、その七つの太陽を食べた。

 誰何の名産地。

 

 

 

 2人とも驚愕を隠せない。

 その嫌疑から声を紡ぎ出せたのは御川だった。

「千夏ちゃん・・・」

「うん?」

「それ・・・おいしい?」

「うん!」

 断言。

 断言。

 断言。

「「へえ・・・」」

 2人とも、食べればよかったと後悔した。

 誰何の名産地。

 

 

 

「じ、じゃあそろそろ教室に戻ろうか?」

「だね。太陽もおいしかったし」

「・・・何しに来たの千夏ちゃん」

「はは、忘れちゃった」

「さ、行こうか」

「蜜柑ちゃんも帰ろ」

 一瞬の間。

 間。

「うん」

 誰何の名産地。

 

 

 

 夏御蜜柑は笑わなかった。

 でも、喜んでいた。

「ちゃんと生んでね、お母さん」

 夏御蜜柑はどこにいるのかは幻想主人にしかわからない。

 と、思う。

 誰何の名産地。

 

 

 

 誰何の名産地。                



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