騎士は考えていた。

 夏御蜜柑は全知全能である。

 つまり、常人に行ったら絶命確実な真似も夏御蜜柑ならできるのでは?

「できるに決まってるなあ」

 騎士の目が爬虫類になった。

 

 

 

「うあああっ! あああっ、痛い、痛いよう!!」

 その狂った木馬に跨らされた瞬間、夏御蜜柑は悲鳴を上げた。

 やはり夏御蜜柑は人間ではない。

 本当は痛くも痒くもないだろうに。

 この木馬は危険だった。

 本当に植物なのかと懸念してしまうような細胞壁。

 鋭利な三角が幾重にも鋸となって高速移動を行うその異常性。

 その姿はまさに鋸で陰部を引き裂く行為と全くの同質。

 夏御蜜柑はそんな激痛に体を反らせながら必死に絶えている。

 その双眸から零れる涙がどこまでも美しかった。

「く、くう・・・ああ、ああっ」

 無常にも鋸木馬はギコギコという擬音を立てながら正確に夏御蜜柑を分断してゆく。

 常人ならばとっくに腹が裂けている事だろう。

 夏御蜜柑の全身には言い知れぬ汗が流れ、陰部からは異質な出血が催している。

 しかしぐちゅぐちゅと、鋸と陰部の間隙にて粘着性の音が漏れる。

「なんだ、感じてたのか。常人ならとっくに死んでるだろうになあ」

「そ、そんな事言ったって・・・」

 ギコギコと鳴り響く悪魔の残響。

 畢竟はもうすぐだ。

 騎士は疑問を抱かずに入られない。

 どういう肉体をすれば鋸で肉体が分断されないのだろうか?

「痛いか夏御蜜柑?」

 騎士は狂ったように笑顔を零す。

 夏御蜜柑はそれに呼応するようにどこまでも要求の一端を理解した。

 芳醇な感覚。

「い・・・痛いです・・・ご主人様」

 鋸から香るのは血の匂いとシャネルの5番。

 異質な殺戮兵器。

「そうか? 痛い? ありえねえな。お前の辞書に痛いなんて言葉ないだろうが。全人類を玩具のように弄ぶ外道のくせによ」

 山脈と化した鋸木馬はまるで串刺しの如く夏御蜜柑の陰部を抉り、貫き、刺し、引き抜く。

 それら一連の動作が重りと化した夏御蜜柑の体重と、重石の相乗効果によって肉体を平然と分断する馥郁の悪魔。

「いつもの下卑た笑みはどうした? 本当は痛くも痒くもねえくせによ」

「そんな・・・・・・こと・・・ない。痛いよう・・・痛い」

 痛い。 

 夏御蜜柑の双眸より零れ落ちる涙と会い重なる事で発揮される異臭の充満。

 しかしその呪詛的音叉は騎士の逆鱗に触れた。

「痛いだと?」

 夜叉さえも裸足で逃げる夏御蜜柑がその言葉を述べるなど決して許されない。

 一体何億の人間がこいつに蹂躙されたと思っているのか。

「大嘘こくんじゃねえ!! そんなナメた口叩いてただで済むと思うな!! この大根役者が!!」

 そう騎士は激昂し、思い切り鉄茨の鞭を持って夏御蜜柑を叩きつける。

 その凶悪な破裂音は肉体を抉り、内臓を飛び出させ、骨をも砕く。

 しかし、夏御蜜柑はこの時血を噴出し、わざわざ臓物を見せ、骨が不可思議な方向に捩れるという演技を成し遂げた。

 ずいぶん余裕じゃないか・・・。

 騎士は紅潮と共に感じるエクスタシー。

 しかし理性の一方では興ざめだった。

 その二律背反。

 それが、さらなる一撃となって、夏御蜜柑を襲う。

 抉る。

 今度は顔だ。

 夏御蜜柑の顔に言い知れぬ奇怪な傷が生み出される。

 血が、零れる。

 夏御蜜柑は泣きながら謝罪する。

「ああっ! ひう! す、すみません!!」

 その声は騎士の頭蓋をドロドロと汚染する。

 夏御蜜柑の金切り声などおそらく有史5000年において自分だけが味わった特権に違いない。

 それは興奮の境地、すなわち畢竟だった。

 夏御蜜柑の傷は赤い。

 だから、素晴らしい。

 夏御蜜柑に傷など誰にもできない。

 俺が、俺だけができたという特権の興奮。

 いかなる麻薬よりも強烈だった。

「くっくっく。お前のそんな声を聞けるとはなあ。御幸のあまり涙が出できたぜ」

 騎士は狂ったように興奮し、そのイカレタ双眸を夏御蜜柑に向ける。

 情熱の赤。

 依然、鋸はギコギコと夏御蜜柑を分断していった。

 夏御蜜柑の哀願は、騎士のみの特権だと、騎士は信じて疑わない。

 だから、この紡がれた言葉、言語も、騎士しか耳にも海馬にも残さない。残させない。

「う・・・うう、お、お願いですから・・・・・・もう、許してください」

「だめだ。お前の体が真っ二つになるまでやめる気はねえよ。しかし鋸といっても木製だからな。肉は中々切れねえな。まあ、中国の処刑法に似たようなのがあるがな。わざと切れないようにして苦痛を与えて殺す方法が」

 異質な塊。

 破壊の木馬。

「だが・・・このままじゃ埒があかねえな。こいつを使ってとっとと殺すか」

 そういって取りだしたるは黒い鉄塊。

 鎖がジャラジャラと悪質に鳴り響く馥郁たる残響。

 夏御蜜柑の表情に、恐怖が宿る。

 もっとも、それはあくまでも表情にだけ、だが。

 二律背反。

「そ・・・それは・・・」

 ギコギコと鳴り響く悪魔のクラシック。

 しかし、その音色の終焉はこのままでは終らない。

 騎士がその音響を無視させた。

「そうだ。いつまでも肉が抉れるのを見ても飽きてくるんでな。とっとと体をぶった切りたいんだ・・・」

 騎士の喜々とした表情は悪魔のそれだ。

 そして、鎖を夏御蜜柑の足首にくくりつける。

 喜々としたまま。

 刹那。

「えぎぃあああ!! ひぎぃいいい!! あ、ああああぁぁぁぁあ!!」

 それは悲鳴などではなかった。

 断末魔だった。

 騎士は絶句する。

 この世に生を受けてまさか夏御蜜柑の断末魔が聞けるとは。

 興奮。興奮。興奮。

 いかなる興奮よりも興奮する。

 弱者が強者を倒す事が、こんなにも快感だとは思わなかった。

 そのオルガスムス。

 騎士はふらふらとにやにやする。

「あはは、あはははははは・・・」

 まるで夏御蜜柑のような笑い。

 今、夏御蜜柑の気持ちが少しだけ判った気がした。

 笑わずに入られない。

 ふと、意識を戻すと。

 夏御蜜柑の腹までが鋸に侵食されていた。

 ピチャンピチャンと血が鳴り響く。

 臓物がドロドロと零れ落ちる。

 骨がギコギコと削れて行く。

 そして、夏御蜜柑が虚ろな眼差しで崩れ落ちる。

 

 美しすぎる、光景だった。



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