「首がいいか? 足がいいか? それとも腕か?」
夏御蜜柑の前にある一本の粒子。
単分子ワイヤー。
無論夏御蜜柑謹製だ。
「そ、そんな・・・」
つい昨日肉体を引き裂いたというのに朝になったら何事も無かったかのように復活しているその異常性は、少し騎士をイラつかせた。
騎士の嗜虐性は混沌の伏魔殿。
「嫌か?」
「は、はい・・・いやです」
「そうか、じゃあ全部吊っちまえ」
「ええ!?」
嗜虐。嗜虐。
混沌嗜虐。
騎士の精神は現在嗜虐方面を爆走中。
だから、ワイヤーが騎士の腕をハムの如くスライスしてしまうという危惧はなかった。
「おい、夏御蜜柑!」
「は、はい!」
「俺の手をワイヤーから守れ」
「はい! ご主人様」
夏御蜜柑のそんな従順な声は、世界中のどんな福音よりも悦楽だ。
騎士は早速ワイヤーを握り締める。
傷1つつかない。
さすが夏御蜜柑。
全知全能は伊達じゃない。
「さあ、早速お前を縊り殺してやる」
その表情も、その言葉も、呆れるほどに愉悦に満ちていた。
だから、吊れる。
「ひいいいい!!」
夏御蜜柑の絶叫が鳴り響く。
痛い痛い。
「どうした? まだ腕だぞ? 腕を吊っただけでもうギブアップか? うけけけけ」
夏御蜜柑は片腕をぶらりと天井から吊り下げられ、宙をぶらぶらと漂う。
腕からは、夥しい程の出血が、鮮血が、夏御蜜柑の腕を伝い、脇から首、胸、腹、へとまるで川のように下降する。
涙が零れる。
2人の涙はそれぞれ意味が違う。
しかし、どちらも芸術的なまでに感情的だった。
「おいおい、今度は足だというのに・・・ヒヒヒ。楽しいなぁ。お前のそんな表情、この血。そして、その顔。どれをとっても今までの女共とは感じる何かが違う」
血は股に達する。
夏御蜜柑の表情はどこまでも苦痛に歪む。
「ああは、ああ、ははあ。ああああ、あは、はは」
激痛か、狂ったようなその悲鳴は、悲壮だった。
涎、鼻水、そして涙。
顔から滴る恐怖と激痛の結末は、ビーナスというに相応しい。
騎士はそんな夏御蜜柑を揺らしてみた。
「いぐやうあああああああ!!」
夏御蜜柑の絶叫。
イタイイタイ。
「い、い、うあ」
声も出ない。
痛い。
騎士は笑う。
「きゃはははは!! いいぞ夏御蜜柑。最高だ。さ、次は足だ」
「や・・・やだ・・・やめて・・・・・・お願いですから・・・」
「断る。まだ6日。あと27日間お前を殺しまくってやる。ありがたく思え」
「ご、ご主人様ぁ・・・」
涙。
愉悦。
感動。
騎士は震える。
手が強張る。
でも、しっかりと足首にワイヤーを結びつけた。
人間なら、とっくにスライスしてしまうというのに。
「おら! どうした感謝の言葉は!? 俺様がじきじきにこんな労力をしてくださってるんだぞ!!」
騎士の絶叫と共に繰り出される顔面への強烈な右フック。
夏御蜜柑の顔から血が噴き出る。
鼻血だ。
感動的な光景だ。
騎士は興奮する。
「あ、あ、ああああ・・・」
悲鳴ともとれる『あ』という言葉の連続。
騎士は何事か顔を紅潮させ、さらに一撃。
「ひぐう!!」
「おら! どうした言葉は!? とっとと言わねえと・・・」
さらに一撃。
夏御蜜柑の顔が潰れる。
そして、紡がれた涙の声。
「あ・・・ありがとう・・・ございます・・・・・・ご主人様」
興奮興奮。
「そうだ、それでいいんだ。さて、足を吊るすか」
「は・・・・・・はい。ありがとう・・・ございます」
「なあに、手と足で吊るすんだ、過重は減るぜ」
「うう・・・ううう・・・・」
手と足から零れる血液。
それは正確に豚の吊るしによって股へと辿り着く。
Yの奇跡。
「あはは」
騎士は、まるで夏御蜜柑のように笑う。
「う・・・ううう・・・・・・痛い、痛いよう・・・うう・・・」
「ふん、絶叫も挙げなくなったのに何言ってんだクソアマ」
炸裂するのはやはり顔面。
潰れる。
「す、す・・・すみません。許してください」
「あははっははははは!!」
そんな言葉。夏御蜜柑から紡がれる奇跡。
感動はとっくに超越する。
「さあて、最後は首だ。お前の首を切断してやる」
笑いは舐る。
狂う。
混ざる。
混沌狂気。
ワイヤーを手にする。
なんて、気持ちがいいのかわからない。
「さあて、今度は優しく殺してやるよ」
騎士はゆっくりと、笑顔で、夏御蜜柑の首にワイヤーをくくりつける。
夏御蜜柑は涙を流す。
でも、答えた。
「う・・・ありがとう・・・ござい・・・ます、ご主人様」
「いい子だ」
刹那、騎士はワイヤーを持って思い切り夏御蜜柑の首を絞める。
「うぶっ!」
血。
血が凄い。
まるで噴水。
それが騎士の顔に炸裂する。
「あはははははっはあはははあはあははああ!!」
騎士は狂ったように笑いながら、首への力を挙げてゆく。
「はあはあははあはははは!!」
興奮興奮。
殺戮への興奮。
オルガスムス。
「死ね!! 夏御蜜柑!!」
騎士の絶叫の放出。
ワイヤーは、夏御蜜柑の首を切り落とした。
騎士は果てる。
夏御蜜柑の首は、転がりながら果てた騎士を侮蔑した。
それは笑み。
夏御蜜柑の、笑みだった。
「あはは」