騎士は思索する。

 そもそも騎士は何を望んでいるのか。

 それは、人間では不可能な事でなければならない。

 そんな意思が根底にあるはずだ。

 騎士は知っている。

 人間は死んでしまう事を。

 寸鉄人を殺す。

 そう、小さな刃物でも人を殺す事はできるのだ。

 それこそ、鉛筆一本あれば。

 だから、悩む。

 人間では無茶ができない。

 だから、そう、だから夏御蜜柑がいるんじゃないか。

 夏御蜜柑は死なない。

 少なくとも、夏御蜜柑が死んだという話は聞いたことが無い。

 というか夏御蜜柑が死ぬとして、死因は何になる?

 病気? 事故? 老衰? 殺人?

 ありえない。

 生物じゃないんだから、死ぬわけないじゃないか。

 そう、死なないんだ。

 夏御蜜柑は死なない。

 だから、何したっていいのだ。

 それこそ、昔から夢見た殺人願望が・・・。

 そうだ、思い出した。

 騎士は轟くように脳内に回帰する。

 そう、騎士は人を殺したかったのだ。

 それも徹底的に虐殺したかった。

 抉って、嬲って、潰して、舐って。

 無茶苦茶にして殺したかったのだ。

 今まで人間相手にしてきたから殺すという本来の限定をすっかり忘れていた。

 人間殺したら人生パーだから殺せなかった。

 だから、すっかり忘れていた。

 騎士は悟る。

 殺人がしたかったという事に。

 

 

 

 椅子に腰掛けたまま騎士はその意思を方形させる。

 意思は爛々と耀き、脳内を駆け巡る。

 悪魔の大循環。

 そんな騎士の意思を読み取った夏御蜜柑は、憐憫な笑みを浮かべた。

 少し、苛立つ。

「何笑ってんだ?」

 ドスの利いた声。

 それは、夏御蜜柑には通用しなくても、演技させるには充分な殺気だった。

 だって震えてくれるもの。

 わざとだとしても。

「す、すみません」

 意思。

 殺戮的な意思。

 騎士は蠢く。

「いいぜ、決まった」

 その笑みは殺戮に満ちていた。

 

 

 

 別に凶悪犯罪などという定義は存在しない。

 今に始まった事ではないからだ。

 昔も、悪質な犯罪やそれに順ずる意思は括弧として存在していたのだ。

 ある者は某ヨットスクールから脱出するために、仲間を殺して逮捕されてヨットスクールから出ようと画策した者がいた。

 それは仲間の首を絞めている最中に取り押さえられ、失敗に終ったが、あまりに合理的かつ、残虐な手段である。

 ある者はノート1冊にも及ぶ殺人計画書をなぞり、両親に対し殺人未遂を企て保険金1億を手に入れようとした。

 それは裁判でその者が必死に嘘だと叫び、無罪となった。

 だって、まだ子供だったから。

 別に不思議ではない。

 何時の世も、いつの時も、殺人という定義は人を魅了してやまない。

 手段としての殺人。

 殺人は手段だ。

 戦争は人を殺すという手段の積み重ねが、戦術的勝利を挙げる。

 それと同じだ。

 騎士は殺人という概念を手段に、快楽を手に入れようとしている。

 人を殺す事への愉悦。

 それは、社会がある限り絶対に禁忌な行為。

 だから、騎士は飢えていた。

 殺したかった。

 徹底的に興奮できるような殺しを、ずっとずっと腹に蓄えていた。

 社会という障壁が邪魔をしつづけてきたから。

 だから、ほんの少し過激な行為で留めなければならなかった。

 我慢。

 しかし、今。

 何度殺しても絶対に死なない究極の奴隷が手に入った。

 これはもう、殺すしかない。

 絶対に、殺すしかない。

 だって、殺せるのだから。

 どうやって殺そう。

 騎士は興奮する。

「はあはあ」

 恐るべき吐息。

 夏御蜜柑はそんな騎士を眺め、笑った。

 しかしその笑みに騎士は気づいていない。

 騎士は笑う。

 笑うのだ。

 ああ、これから何度も何度も欲望が満たされると思うと勃起してしまいそうだ。

 人を殺せる。

 それも捕まらない。

 そんな神秘的な愉悦はない。

 愉悦は安全でなければならない。

 だから、夏御蜜柑は絶対安全。

 殺せる。

 沢山殺せる。

 何度も殺せる。

 ああ、愉悦。

 騎士はそんな愉悦を抑えるような微笑と共に、最初に口にした言葉はこれだけだ。

「ビールが飲みたい」

 だって今日はもう遅いから。

 そうだろ?

 このテストの合格条件は社会的な損害を抱かない事なのだから。

 だって、明日平日だし。

 だって、今日も平日だし。

 ふと時計を見ると、もう寝る時間だ。

 徹夜はしたくない。

 だから殺すのは明日からだ。

 明日から、27日間殺しまくるのだ。

 ああ、ビールがうまい。

 先取りの味だ。 



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