「ええか。まずわしの哲学はな、攫う時は必ず2人でなければならんのじゃ」
「は」
「それはな、1人だけにすると精神的に不安定で『人間』を維持できなくなるからじゃ」
「は」
「そんなやつらのとる行動は自殺か謀反かあるいは木偶とはなるか」
「は」
「わしは人形を破壊したくておめごを攫っとるわけじゃない。生きているからいいんじゃ。鮮度の悪い魚など誰が食うか」
「は」
「だから2人で精神的に支え合わせる事で奴らに『人間』を与える。ええな」
「は」
「待遇もやつらの精神的には『人間』として扱わなければならんのじゃ。服を与え、飯を与え、寝床を与える。さもないと『人間』としての鮮度が落ちるのじゃ」
「は」
「扱いが『人間』ではなくとも、やつらの心の中に『人間』を植え付けねばならん。つまり、誇りを残す」
「は」
「『人間』としての誇りを残させる事と、それを保持するために2人1組にさせることでやつらは壊れなくなる。だからこそ蹂躙のし甲斐があるんじゃ。人間であるその姿を汚し、潰し、舐り、嬲り、抉り、甚振り、最後に殺す時のやつらの悲壮な眼差しを見るたびにわしは興奮するんじゃ」
「は」
「わしは人間を殺す事に興味は無い。わしの興味は人間に絶望を植え付け、その苦しみ悶え、悲しみ崩れゆくその姿を見るのが好きなんじゃ」
「ごもっともでございます」
「うひゃひゃひゃひゃ。さあて、今年もたっぷりと絶望を与えてくれるわ。がっはっはっはっは!!」
「おら、今日からそこがお前等の部屋じゃ」
そこは、牢獄だった。
座敷さえ与えてもらえないレンガに満ちた床と木製の格子。
まさしく牢獄以外の何物でもなかった。
「え・・・」
「わしは嘘はつかん。約束通り毎日白い飯を食わしたるし、服もくれてやるわ。しかも個室だって与えてやる。・・・が、逃げられたら困るんでの。入り口は少し特殊じゃ」
「でも・・・コレ・・・牢屋・・・」
「あ? どこが牢屋じゃ? 牢屋っちゅうもんは罪人をほうり込む場所じゃ。お前は罪人じゃなかろう? だから個室じゃ」
悪魔の理屈だった。
2人は理解できない。
その牢獄の広さはざっと2畳。
しかし、それは二部屋あった。
構造は全く同じで、畳さえ敷いていないレンガ丸出しの牢獄。
無論家具などあるはずもなく、布団さえ存在しない。
まさしく空っぽの部屋だった。
「姉の方は左の部屋。妹は右じゃ。飯は3度食わしてやるから安心せえ」
早雲の狂った眼差しは凶悪で、とてもじゃないが正視に耐えられない。
しかし、妹が恐る恐る口にした。
「あの・・・床は?」
「あ? んなもんあるかい。図に乗るな小娘。あとで藁をくれてやるからそれかけて寝ろや」
反論などできるはずがない。
それくらい、邪悪な笑み。
与えられた服は、和服ではなかった。
黒く深い青に満ちた洋服。
下着は襦袢ではなく、なぞの履物のようなものだ。
イメージはほのかなかぼちゃ。
理解の範疇の外だった。
問題はその着替えの一部始終をあの男が除いていた事だろう。
そのいやらしい目は悪魔の眼光だ。
悪魔は笑う。
「ろくなもん食うとらんな。貧相な体じゃ。ごぼうか?」
舐めるような目と、嬲るような言葉。
途轍もなく、邪悪だった。
「ま、安心せえ。今までよりはまともな飯を食わしたるから。その骸骨のような体に肉を与えてやるわい」
言われてわかる貧相さは、どこまでも屈辱的だった。
屈辱に屈服する自分に腹が立つ。
男は、天地早雲は笑っている。
腹が、立つ。
その舐めるような視線のまま着替え終えると、早雲は立ち上がった。
「さあて、着替えたな。ま、こんなもんか。服がだぶつくのは己らがごぼうだからやな。んじゃついてこい。一日の生業を教える」
早雲がそういって促す。
ふと、気づいた。
この男の体はもの凄い。
全身が樽のようなイメージ。
樽には筒が通っているような感覚。
木の幹さえも彷彿させる。
鬼のような体だった。
恐かった。
この人は恐い。
目が夢にまででてきそうなほど残酷な目だ。
冷たくて、痛い。
そんな目だ。
それが笑っているのだから、救いさえない。
鬼の目だ。
鬼は言う。
「まずは日の出と共におきたら水汲みじゃ。ま、一刻はかかるか。うちは広さが自慢でな。己らだけでは汲めんから他の奉公人どもと混じって汲めや。ええな」
はっきり言って何を言っているのかさえよくわからない。
だって、鬼だもの。
「水を汲んだら掃除じゃ。わしが目覚めて水垢離する前に終らしとけ。なに、これも奉公人どもと混じってやればさほど時間はかからん。わしの水垢離はそこの井戸で行う。その際手ぬぐいと着物を預かれ」
そう言って鬼は井戸を指差す。
廊下はどこまでもつめたく、痛い。
絨毯はしいてあるのに。
履物だって履いているのに。
この家は洋風だが、庭に佇む井戸はどこまでも和風なイメージがした。
「水垢離はわしの日課でな。長寿の秘訣は水垢離よ。がっはっは! おっと、己らのような無知に長寿などという単語は知らんか」
笑う。
その笑みは恐い。鬼。
以外の何物でもない。
そのまま2分ほど歩いて辿り着いたのは台所。
なぜか、水桶がなく、立って調理ができるようになっていた。
始めてみた。
「水垢離が終ったらわしは飯じゃ。その際これも奉公人どもと混じって台所を預かれ。その際に朝飯を食え」
さらに促す鬼。
そこは庭。
「わしは仕事に出る前に必ず武練を行う。その際は絶対にわしの前に姿を現すな。出たら命はないものと思え」
恐い。
声が歪んでいる。
目も歪んでいる。
凄い。
「ま、わしが仕事しとる間は奉公人にまじって家の事しとけや。わしは家の事は知らんから奉公人にでも聞けや。夜になったらお前等の仕事じゃ」
声は、歪む。
この時の声は、一生忘れない。
だって、凄いもの。
「夜は奉公人どもは台所を終えたらもうしまいじゃ。飯食って風呂入って寝る。だが、己らはまだ終らん。奉公人どもとは夕餉は食えんのじゃ」
「え?」
声が、漏れた。
瞬間、現れるは鬼の嗜虐。
凄い恐怖だった。
「夜の飯はわしの目の前で食ってもらう。風呂もわしの目の前で入ってもらう。寝る時もわしの目の前で寝てもらう。う、うけけけけけけけ!!」