「あ・・・う・・・」
亜月は夏御蜜柑と一緒に下校していた。
しかし、亜月は紅潮し、また、足取りも覚束ない。
「どうしたのかな亜月?」
「ご、ご主人様・・・」
亜月の瞳が潤む。
放課後、亜月は『家』に帰ろうとしていた。
だが、昇降口にて夏御蜜柑が邪悪な笑みを浮かべて待っていたのだ。
「家に帰ろうとしても無駄だよ」
悪魔に見えた。
「主人に逆らおうとするような悪い奴隷は厳しく躾ないとね」
そう言って、ここが昇降口であると言う事を無視して罰を与えた。
それは、ベルトのようなものだが少し違う異質なものだ。
「これ履いてあたしの部屋まで歩け」
嫌だった。
だが、亜月は逆らう術などなく、恐る恐るそのベルト『貞操帯』を握り締めた。
「これ・・・ですか」
「そう、嫌とは言わせないよ亜月」
「はい・・・」
「じゃあ、嵌めるのに邪魔だからスカート脱げ」
「え! こ、ここで・・・ですか?」
さすがに驚愕する。
揺れるような困惑が、脳内に電子となって徘徊する。
夏御蜜柑は、そんな零落しそうな亜月の動揺と焦燥に舌なめずりをするかのような妖艶な、それでいて悪魔じみた邪悪な笑みを威圧感というクリームをたっぷりとのせてぽつりと、一言だけ告げた。
「文句ある?」
「いえ・・・」
亜月は夏御蜜柑の言いつけに素直に従い、昇降口であるにもかかわらず、スカートを脱ぐ。羞恥に満ちて。
周囲の目が気になるも、夏御蜜柑の威圧感の前に敗走し、貞操帯を手に取る。嫌な、未来図が蠢いた。
さて、そんな貞操帯のベルトを嵌めるがよくわからない金具がついている。
「ああ、ここはやってあげるよ」
夏御蜜柑がそう言って金具に触れる。
「お礼は?」
邪悪に満ちた笑顔だった。
「ひい・・・あ、ああ・・・ありがとう・・・ございます」
その金具の先端には、鍵がついていた。
夏御蜜柑がまるで地の底から響くような低い声で言う。
「おっと、こいつを埋めこまないとねえ、亜月ぃ」
それは、大小のバイブレーターだった。
「うあ・・・・・・・」
恐怖。
無駄。
夏御蜜柑は何の遠慮もなく亜月の二つの穴に入れる。
「あああ・・・」
亜月は恐怖のためか、邯鄲の声を漏らす。
そのままブルブルと震え、夏御蜜柑が嗜虐的な笑みを浮かべ、鍵を嵌めた。
ガチャリという音がした。
「さあて、少し突起してるね。亜月、自分で押し込め」
「んん・・・は、い・・・ご主人様」
言われるままに押し込む。
少し、裂けるような感覚があった。
そもそも貞操帯とは拷問危惧である。
特に金属製のものは皮膚との摩擦によって壊死を起こさせ、最悪死に至らしめることもあった。
「安心しな亜月。あたしの美学は『殺す相手は選ぶ』ことにある。少なくとも人類発祥以来、『邪魔』『ムカつく』『敗北者』以外の人間を殺したことはないんだよ」
「はあ・・・」
意味のない慈悲は、本当に意味がなかった。
それに、きわめてどうでもいいことだが、別に貞操帯を装着したとしても、すぐに壊疽を起こすわけじゃない。
当たり前である。
「まあ、それは冗談として、さ、行こうか亜月。スカートをはいていいよ」
「・・・・・・はい、ありがとうございます」
涙が浮かんだ。
景色がぼやける。
これは、錯視かもしれない。
いや、現実かもしれない。
どちらにしても、どうでもよかった。
「あ・・・あ・・・」
「あはは。まだ動かしてないよ亜月。安心しな。あんたがあたしに従う限り、あんたの地位は保証してあげる」
逆らうものは地位を保証しない、夏御蜜柑の独裁的思想は、恐怖を苛ませる。
その恐怖に歪んだ、その瞬間だった。
「え・・・ひあっ!」
動いた。
蠢いた。
「あはは」
「あ・・・や、やめて・・・・・・ください」
「やめる? 何で?」
その、悪魔にも等しい双眸は、どんな鬼をも失禁させる。
「ご主人様ぁ・・・」
「うるさいよ亜月。さ、はやくついてきな」
亜月の哀願を無視し、夏御蜜柑は闊歩する。
亜月はそんな悪魔の後ろを、よろよろと一歩づつ足をかみ締めた。
ふと、夏御蜜柑は前方に何かを見出し、笑った。
「亜月。あたしに逆らうとどうなるか、ちょっと見せてあげる」
「う・・・あぁ・・・え?」
そういって足元にあった重さ125kgのマンホールの蓋(旧式)を取り外し、軽々と片手で拾い上げ、フリスビーの如く投げ飛ばした。
マンホールの蓋は常人には持てないように設計されている。
その超重量の鉄の塊、マンホールの蓋は空を高速回転しながら恐るべき速度で前方にいる、盲目らしく白い杖を持った着物姿の、年齢は20代後半と思われる女性の顔面に直撃した。
「ぐばほっ!」
奇怪な悲鳴を上げて女性は地に伏せた。
血が、滴る。
「小蝶さま!?」
後ろにいた付き人らしき女性が、驚愕のまなざしをむけながら小蝶と呼ばれた女性につめよる。
夏御蜜柑は笑っていた。
一方、後ろで亜月は絶句していた。
善良な市民を無益に虐殺する悪魔の所業に。
「ああなるよ?」
「んっ・・・あ・・・ご、ご主人様・・・うっ・・・ひ、酷い・・・」
「酷いだろ? あたしはこんな酷い真似が平気でできるんだ。ああはなりたくないだろ? ねえ、亜月ぃ」
残虐な笑み。
亜月の抵抗力は、消える。
「・・・はい」
「じゃ、行こうか」
「んっ・・・・・・は、はい・・・」
ゆるゆると亜月は、しかし従順に歩き出す。
「痛い? 感じる? どっち?」
夏御蜜柑は知らないわけがないだろうに、悪魔的にささやく。
「んっ・・・痛い・・・です」
「そりゃそうだろうね。最初っから痛みが快楽にはならないからね。じゃあ、ほれ」
パチンと指を鳴らす。
すると、亜月から痛覚が薄れ、脳内から電撃のような刺激が炸裂した。
「あっ・・・んあっ・・・ひっあぁ・・・い、いっ・・・な、何で?」
「あはは。亜月、もう逃げないと誓う?」
笑う。
「は、ああっ、はいっ・・・もう、やあっ・・・もう、逃げません。・・・逃げません!」
「よしよし。今度逃げたら命の保障はしないからね。じゃ、いいや、イっちゃえ」
「あっ、あっあっあっあっ・・・・・・あぁぁぁぁぁぁん!!」
舐るような視線を、夏御蜜柑は亜月にかける。
「あはは。さあ、行くよ。まだあたしの城についてないじゃないか」
「あ、は・・・はい」
亜月はよろよろと一歩を踏み出した。
さて、その後、小蝶は何事もなかったように立ち上がった。
「あ〜痛い」
「だ、大丈夫ですか!? 小蝶さま!?」
「ああ、別にこれくらいで死ぬことはあるまいよ」
常人なら死ぬ。確実に。
それがわかっているからこそ、驚愕しているのだ。
小蝶は自分が喰らったマンホールの蓋をまじまじと見つめる。
「こんなもの誰が投げられるのだ?」
そういって小蝶はマンホールの蓋を少し重たげに125kgの円盤を両手で持ち上げ、元の場所まで歩み、戻した。
随分律儀な女である。
「す・・・すごいですね、小蝶さま」
「そうか? すごいというのはこんな重い円盤を投げ飛ばした者の方だと思うがな」
「い、いえ・・・そういう意味ではなく・・・・・・重いですよね、それ」
「重い。凄く重い」
「・・・なんで転がさないんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」
呆けた表情は、小蝶を氷結させた。