緑色の空。

 どす黒い、緑色の空。

 今にも何か、ありそうな。

 今にも悲劇が、起こりそうな。

 そんな暗くて恐い、汚色の空。

 

 

 

 和信は探索していた。

 蜘蛛の液を所有する暗影を探していた。

 しかし重い。

 和信は非罪架を担ぎ、街を探索している。

 しかし不思議である。

 何故、街はこんなにも閑散としているのだろう。

 誰もいない。

 いや、それ以前の問題ではなく、街が死んでいる。

 家に帰った時に真っ先にした事は刀侍真弓の確認だった。

 はっきり言って医療機関では末期病は治せない。

 それに意識混濁しているとなると時間がない。

 美琴の元へ行くよりも先に暗影の元へ行き、件の蜘蛛の液を貰い受けなければならない。

 しかしそれには一つ問題がある。

 IEEOが直々に駆除命令を誅するほどの異能、刀侍真弓が雲隠市を跋扈している。

 となれば丸腰では表に出ることはできない。

 だから大急ぎで届いた仕様書に目を配る。

 

 刀侍真弓。

 執拗なるストーキングの結果、判明した異能は『神成蜘蛛』。

 概要。

 両の手に施された呪的能力の発動。

 呪の概要は大地の侵食と操作性を施した体内性儀式。

 その束縛に対して念動を内包していることにより発生する反逆による破壊。

 加えて内部による詳細設計を内包しているため手に触れる事により設計図を掌握し、反逆は内部よりの伝導。よって物質の設計図の破壊。

 その破壊に要する詳細度は刀侍真弓自身の送信する呪的効果によって変動。体内性儀式の装用は瞬間的な電気信号による精神的呪詛。

 使用Po値は924。(推定)

 所有例無し。

 能力の原理は3種類の異能の合成によって発生した新種の能力。

 土に埋もれる一族、念力、設計図伝導の合成と推測される。

 

「・・・よくわからない」

 まあ、ようするに手に触れた物質を破壊する能力という事だけは判った。

 じゃあ中距離攻撃の可能な武器さえあればいいのかな。

 そう軽く思い、非罪架を手にし、暗影を探しに出かけた。

 ちなみに和信はこれで二日貫徹になるわけである。

 

 

 

 空がどす黒い緑色の下。

 真弓は魔王になっていた。

 街に戻った真弓の後ろはまるで東京大空襲の後か、原爆投下後の広島、長崎と同格の惨劇となっており、これがたった一人の人間の仕業だとどうして思えようか。

 真弓は道行く全ての物を分解していた。

 道も、建物も、生物も、何ら差別することなく悪い意味で平等に皆殺しにしていった。

 真弓がビルに触れる。

 ビルは一瞬のうちに大音声と共に瓦礫の山と化した。

 ふと、街並みを見てみる。

 何となくゴジラが通った後を彷彿させた。

 もっともアレよりも10倍は悲惨な状況になっているが。

 真弓の前方には生きている人間がかなり居る。

 何故かそいつらは共通して青い服装だ。

 しかも全員が全員銃を構えている。

 ご存知国家の狗。警官という人間である。

 警官は弾丸を一斉掃射した。

 真弓は笑っている。

 魔弾ともいうべき人類の発明したおそらく最高峰の発明ともいえる武器、拳銃。

 その威力、速度、手軽さときたら下手な異能などゴミクズ同然に打ち捨ててしまう事だろう。

 しかし問題は、真弓は下手な異能ではなく、超別格の異能という事だ。

 真弓は弾丸に触れる。

 ただ体の前に手を出すだけで弾丸は綺麗に手を掠めてくれる。

 それと同時に弾丸はその威力もろとも分解された。

 真弓は突如、警官の集団に向かって走り出す。

 警官は発砲する。

 しかし手を振り回しながら、その子供のような移動手段によって弾丸は無残にも分解されていく。

 真弓は警官の一人に触れる。

 その警官は今までの全ての人生を否定されるように粉々に分解された。

 警官共はその異常な光景と状況に驚愕する。

「落ち着け!」

 現場を指揮する警官が何とか吼えるもその声は恐怖に満ち溢れていた。

 しかしその声のおかげで警官たちは再び発砲の構えをとる。

 が、その指が引き金に到達する前に真弓が道路に触れる。

 道路はバラバラに分解され、警官たちが例外なく尻餅をつく。

 当然弾丸はあさっての方向に飛んでいく。

 その直後、真弓は連続タッチで10人の警官に触り、分解し、殺してしまう。

 どんなに足腰の強い相撲取りでも土俵を破壊されたら転ぶしかない。

 それと同じでどれだけの数の兵器が鎮座していても大地を破壊してしまえばその兵器は役立たずだ。

 これが、真弓が陸上では無敵たる所以である。

 途端、装甲車が壊れた道路を闊歩してきた。

 真弓は突撃し、装甲車に触れた瞬間それは破壊され、中にいた連中が体勢を立て直す前にバラバラにしてしまった。

 ビルからの狙撃も無駄だった。

 ビルに触れ、中にいた人間は全員瓦礫に埋もれ、死亡した。

 警官たちが慌てふためき撤退しようとする。

 道路は真弓に破壊され、車は使えない。

 真弓は電柱を分解し、電線が宙より降下してくる。

 脱出を封じられた警官は真弓に分解され、殺されまくった。

 ある勇敢な警官は気配を隠し、超至近距離からの攻撃を試みた。

 しかし寸でのところで真弓に見つかり、その恐るべき右手を持ってバラしてしまった。

 もう、誰も真弓には逆らえなかった。

 まさに無敵。

 警官の一人がしかし果敢にも真弓の足を狙った。

 動けなければ問題ないのではないかと画策したためだ。

 しかし真弓が猛然とその警官に向かって突進を開始すると、その警官は言い知れぬ恐怖のためか即座に銃を急所に向けなおし、発砲する。

 しかし真弓は急所の位置に手のひらを置いてあるため弾丸はあえなく分解され、警官を分解した。

 ジ・エンドの法則とでもいうのだろうか。

 真弓は無敵であり、誰も敵わない。

 それは破壊されつくした雲隠市を見れば一目瞭然であった。

 

 

 

 暗影と久美は一緒に駅にいた。

 どうやら暗影曰く『田舎』へ行くようだ。

 当初、車を使用しようともしたが、道路が破壊され尽くされているため、使えない。

 いうまでもないが七条家はすでに分解されていた。

 暗影は文字通り鞄一つの帰省であった。

「遅いね」

 久美が痺れを切らしたように呟く。

「そうだな」

 しかし暗影は知っていた。

 電車は来ないことを。

 何故なら、間違いなく真弓は線路を破壊したに違いないから。

 

 

 

 和信は街中の殆どを探し尽くした。

 街はまるで荒野となって瓦礫と砂と、バラバラの死体に尽くされているゴーストタウン。

 おおよそ人間の仕業とは思えないその悲惨な街を見て、驚愕した。

 多くの死者が出ている。

 和信は吐きそうになる喉頭を抑え、最後に残った地点、雲隠駅を目指した。

 バラバラの街。

 和信はその道中、出来れば絶対に合いたくない人物と対峙してしまった。

 この惨劇の張本人であり、都市破壊兵器クラスの兵器でなければ絶対に殺せないと名高い悪魔の化身、刀侍真弓に。

(非罪架持ってきてよかった・・・)

 和信は崩壊した世界の中で心から安堵した。

 

 真弓と和信は緑色の空の下に対峙している。

 周囲には荒れ果てた建物の残滓が人間の内臓と絶妙なコントラストを醸し出していた。

 和信は真弓を見て、ふと思う。

 この娘とはどこかで会った気がする。

 どこだっけ?

 思い出せない。

 和信が頭を捻っていると途端、真弓が突撃を開始した。

 まるでジョン・カスター(わかるだろうか?)である。

 その突撃は和信の意表をついた。

 もともと意表などつかなくても和信如き相手ではない。

 神成蜘蛛の力。

 まさにこれこそ必殺技。

 必ず、殺す、技。

 必殺技である。

 和信は手元の資料とこの瓦礫の街を見てどういう能力かを知っていた。

 手で殺す能力。

 だからこそ和信はまるで爆弾からよけるように大げさ極まりなく、恥じも外見も気にせず、無様に横飛びした。

 かわしてはいけない。

 何故なら掠っただけで分解され、絶命してしまう必殺技なのだ。

 爆撃から逃れるように飛ばなくてはならない。

 刀侍真弓は人間凶器などではない。

 人間兵器である。

 その威力はデイジーカッターにも劣らない。

 下手をすれば核弾頭にも匹敵するだろう。

 判りやすく言うと大量殺戮兵器なのだ。

 そんな相手に常識で考えて勝てるであろうか?

 否である。

 和信はごろごろと転がり、距離をとる。

 途中、瓦礫が当って痛い。

 どうしようか。

 どうにもなるわけがない。

 しかし真弓は突進してくる。

 和信は不自然なまでに斜めに傾いている電柱の裏に避難する。

 真弓の手は問答無用に電柱に触れる。

 電柱は一瞬の内に瓦解した。

 和信は絶句する。

 こいつは人間じゃない。

 真弓は壊れた電柱を飛び越え、和信にその平べったい悪魔の化身を猛然と叩き込まんとする。

 和信は非罪架を真弓にぶつける。

 その時「しまった」と思った。

 だから非罪架を一瞬放した。

 宙を漂う非罪架は幸運にも真弓の手のひらにふれることなく体と顔に激突してくれた。

「痛っ!」

 その声に何故か幾許の罪悪感に苛まれたがすぐさま非罪架を拾い、思い切り距離をとる。

 真弓は鼻を抑えながら狂った形相で和信を見つめる。

 はっきり言ってちびりそうだ。

「じゅ〜ん。僕死んじゃうかもしれないよ〜」

 そんな泣き言をこぼした。

 直後、真弓は跪く。

 何事かと思った和信だが、瞬間、大地が粉々になった時全てを理解した。

 和信は当然の如く惨めに転んだ。

 おそらく横綱でも転ぶに違いない。

「いててて・・・ん? あ・・・」

 和信が状態を起こすとそこには猛然と、まるで猪のように襲い掛かる猪突猛進の化身、真弓の姿があった。

 その手のひらは獰猛な肉食獣の牙を彷彿させた。

 和信は咄嗟に石を投げつける。

 石は無残にも真弓の手によって砂と散った。

「じゅ〜ん」

 泣きべそまでかいてしまった。

 それくらい真弓は恐ろしい。

 和信は横に転がった。

 しかし真弓の手は地面を粉砕しながら和信を襲う。

 どうしたらいいというのか。

 別にIEEOの駆除令状がでているといっても殺す必要はない。

 純との約束通り生きて帰れればいいのだ。

 しかし、それはとても無理な注文だ。

 でもしなければならない。

 和信は生まれて初めて女の子を蹴っ飛ばした。

 真弓はどうやら生身は人間だったようで怯んでくれた。

 和信と真弓はこの際に距離を取れた。

 真弓はぎろり、と悪魔の形相がますます不機嫌に変貌する。

 少し失禁してしまったようだ。

「この・・・」

 その地獄からの呼び声みたいなうねりはやめてほしい。

 真弓と楓では格が違う。

 真弓は再び突進してきた。

 他にする事は無いのかとも思うが、これこそが真弓の必殺攻撃であり、絶対無敵の奥義であることは重々承知だ。

 かつて第一次大戦当初では機関銃さえあれば、たった一人でも一つの部隊を壊滅することが出来たという。

 真弓はまさにそれにあたる。

 だから、突進だけでいいのだろう。

 和信は考えた。

 しかしそれは全て杞憂に終ると即、予測できた。

 しかし何もしなければまず間違いなく死ぬだろう。

 せっかく非罪架を持ってきているんだから使うべきだ。

 それが無駄に終ったとしてもやらないよりはましだろう。

 和信は非罪架を構える。

 真弓は手を前に突き出す。

 はっきり言って恐い。

 そろそろ脱糞しそうだ。

 しかしその前に引き金を引かねばならない。  

 和信は無駄と思いつつも火炎を放射した。

 真弓は手を差し出す。

 しかし、瓢箪から駒というかコロンブスの卵というか・・・。

 どうして気付かなかったんだろう?

 真弓は『火』を分解した。

 まさに奇跡である。

 火は熱と光に分解された。

 熱は周囲に拡散し、光は無差別放射する。

 気温は爆弾のような世界を醸し出すほどに突然の急上昇を遂げる。

 夏より熱い。

 というよりサウナより熱い。

 400度を余裕綽々で超越する概念が空中にばら撒かれたのだ。

 熱くないわけがない。

 というか死んでしまうだろう。

 息が出来ない。

 気管が熱い。

 喉が潰れそうだ。

 加えて光のせいで何も見えない。

 和信は大急ぎで光の世界から逃げ出す。

 喉を大急ぎで冷やす。

「・・・かはー、かは・・・けっけほっかはっげほっ!」

 光が消えてゆく。

 和信は焼け付くような世界の中で光を直撃した真弓を見つめた。

 幸い和信は大したケガはない。

 真弓はかなりふらついている。

 服が溶け、肌が顕になっているが高熱のせいで全身赤く爛れている。

 しかも光にやられたらしく、目を閉じている。

(チャンス?)

 和信は疑問に思った。

 もし、このまま突っ込んでいったとしても真弓が手を差し伸べたら死んでしまうだろう。

 かと言って火炎放射は二度とごめんだ。

 今気付いた。

 真弓は触れるだけでいいのだから接近戦ではたとえ神が相手だとしても絶対に負けることはないという事を。

 だが中距離はどうだろう。

 真弓のリーチは短く、しかも今は半死半生の状態。

 一撃で倒してしまえば勝てるのではないか?

 非罪架の長さは約2m。

 何となく勝てそうだ。

 そう思った和信は非罪架を死神の鎌の如く、大きく振りかぶり、回り込むように突撃を開始した。

 

 真弓は薄っすらと目を開けた。

 まだ視界は赤く、ちかちかしてよく見えない。

 光に目がやられたようだ。

 失敗した。

 まさかこの世に分解してはならないモノが存在するとは思わなかった。

 次からは火は分解しないようにしよう。

 そう固く誓った。

 全身が痛い。

 大火傷をしてしまった。

 すると、左側から何か圧力が加わってくる。

 とりあえず左手を出して当ったものを分解しよう。

 それが火でないことを祈りながら。

 

 和信は非罪架を振るう。

 狙いは真弓のこめかみ。

 乾坤の一的たるその威力は計り知れない。

 が、真弓はその爛れた左手で非罪架に触れる。

 その瞬間、非罪架は分解された。

 ガシャーンチャリーンという擬音が響き渡る。

 和信の手には骨組みが一本残されているだけだった。

 和信は絶句した。

 真剣に考えて弾丸を分解する際は、その威力さえも分解してしまうのだ。

 下手をしたら伝導して自分自身も分解されかねない。

 幸いなのは真弓が障壁のみを分解してくれたことだろう。

 嫌な汗が止まらない。

 もし伝導して分解したら今ごろ・・・。

 和信は震えた。

 その震えを抑えるためか自暴自棄に極めて近い形で、つまりヤケに骨組みを振るった。

 素手では絶対に勝てないし、唯一の武器は壊された。

 逃げようかとも思ったけどそれでは何の解決にもならない。

 だって、病院にいくまでには必ずこの道を通らなければならないんだから。

 しかし純との命約もある。

 となるとせめて一撃は浴びせておかないと。

 そういきり立った無謀な行動。

 しかし無謀という暴挙は時として奇跡的な発見を生むらしい。

 つくづくコロンブスは卵であると実感できる。

 瓢箪は駒でなくてはならないと確信する。

 コロンブスはアメリカ大陸でも、瓢箪は酒でもないのだ。

 卵と駒。

 人間の構造上立った姿勢では手の当らない個所が存在する。

 膝から下。

 和信が振り回した骨組みは偶然膝に当った。

 真弓が体をかがめるも遅い。

 真弓がのけぞる。

 その隙に和信が真弓の鳩尾めがけて骨組みを突き刺した。

「ぐはっ! かはっ」

 真弓が口から液体を吐き出す。

 その直後、和信は骨組みから手を放す。

 からんと乾いた音を立て、骨組みは崩れ落ちる。

 骨組みをいつまでも手にして捕まれ、伝導し分解されたらたまったものではない。

 だが、それは杞憂に終った。

 真弓は悶絶していた。

 人類は勝った。

 実にあっけなく。

 和信は一刻も早く駅へ向かわなければならないというのに動けないでいた。

 刀侍真弓という大量殺戮兵器の化物に。

 ゴジラよりも凄まじい被害を齎す怪物に。

 人類が創り上げた英知の結晶たる拳銃をもってしても殺せない異能に。

 下手したら地球さえも分解しかねない悪魔に。

 人類は、こんなにあっけなく勝利した。

 和信は今、言い知れぬ感情に直面していた。

 今までの愚かさを悶える真弓を見て感じ取れた。

 大多数の人間が死ぬのは統計だが、たった一人の人間を殺すのは殺人である。

 スターリンの言葉を逆転させるとこうなる。

 不思議なものだ。

 大多数の人間を殺せば英雄なのに一人の人間を殺すと殺人犯なのだから。

 どうやら人間の命というやつは時と場合と場所によって価値が変動するようだ。

 真剣に考えて自分の命と相手の命を等価に考えられるものはいまい。

 凡人ならば自分の命の価値が高く、聖人ならば相手の命の価値が高い。

 なにかがおかしい。

 まるで株価であるようだ。

 なら、命は地球より重い時は確かにあるとしても、命は紙切れより軽い時もあると。

 命にもインフレデフレがあると。

 そういうわけだ。

 馬鹿げた話だ。

 しかし間違いではないと人類の歴史が物語っている。

 一体どうしろというのか。

 ああそうか。

 だから純はあの時質問したのか。

 大多数の人間を殺すのも、たった一人の人間を殺すのも結局は同じだと。

 殺された人間にも家族があり、財産があり、歴史があった。

 逆に殺す人間にも家族があり、財産があり、歴史がある。

 なら重さは等価のはずだ。

 数量は問題ではない。

 一人の人間の価値が、大多数の人間の価値に劣るとは思わないし、その逆も同じだ。

 価値が0ならば一人も無限も同じことだから。

 今、わかった。

 人間の価値は0なんだ。

 それを否定するために地球より重くしたり、紙切れより軽くしたんだ。

 価値が低いのではなく、無い。

 人類の平和のために化物を殺す。

 それは実に独善的な言葉だ。

 家畜を殺しても罪と思わないのは統計だからだ。

 膨大な数字は人間を麻痺させる。

 だから大地震で数千人の人間が死んでも何とも思わない。

 そんなことより事故で一人の人間が死んだ方が大問題である。

 何で気付かなかったんだろう。

 ひょっとして特撮ヒーロー達は雑魚は殺せてもボスは中々殺せないのはそういう背景があるのではないだろうか。

 それを人類のために殺すのだ。

 割り切っているのだ。

 和信は悶える真弓を見る。

 とてもできない。

 そもそも和信には殺す理由がない。

 英雄になりたいわけでもない。

 純との約束を曲解するなら別に生き残ればいいのであって殺す必要はないのだ。

 むしろ何の躊躇いも無く人を殺せる奴はどこかおかしいに違いない。

 そう自分に言い聞かせる事は決して逃避ではない。

 さてそろそろ行こうか。

 和信は駅に向かって走り出した。

 

 

 

 幸い電車は脱線のため不通だった。

 本当によく真弓を倒せたと思う。

 真弓の力は竜哮にも匹敵しているに違いないというのに。

 あの時真弓が火を分解していなかったら今ごろ和信はここにいない。

 つくづく人生を揺るがすのは卵であり、駒であると実感できる。

 和信は構内を走り回る。

 するとやっと暗影を見つけた。

 あのうざったいレインコートが今は頼もしいマントに見える。

 ついに到達を果たした。

 暗影の第一声は間の抜けた声だった。

「殺ったのか?」

 和信は笑った。それは自嘲ではない。

「いや、殺し損ねた」

 暗影が一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、やがて落ち着きを払った様子ではあ、とため息をついた。

「そうか」

 その声はやけに重かった。

 暗影は和信に向き直る。

「で、何の用だ?」

「美琴が末期病にかかった」

 実に簡潔な説明である。

 しかしそれ以上の説明は無用だろう。

 暗影は懐から実に奇怪極まる原色を放った摩訶不思議な液体を内包した瓶を取り出し、和信に手渡した。

「ほらよ。ま、こんだけあれば大丈夫だろ。・・・足りなかったらすまんな」

 和信は瓶を受け取る。

「別に溺れる者が藁を掴んで藁が千切れても、藁は悪くないよ」

 そう言って和信は消えていった。

 久美が冷静に和信が去ってから暗影に告げた。

「屋敷くん、漏らしてたね」

 暗影は愉快そうに笑いつつも、久美を嗜めた。

「仕方ないんだ。人生一度くらいは失禁することはあるものだ。それを笑うな、久美」

 空は緑色から青へと変わろうとしていた。    




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