ゆらりゆらりと世界が揺れる。
空がぐらりと大地が揺れる。
人がどろりと命が揺れる。
何もかもが揺れる。
世界が揺篭になっている。
揺れた世界は時間となって。
揺れた後は結果となって。
この世に過去を抹殺する。
人間は、集団になると悪魔を超越する。
それは幾年の歴史が物語っている。
人間と異能の歴史も、それと同じ。
人間が集結して異能を滅ぼす組織『異能協会』
IEEOの前進たるそれは異能が集結した組織と戦争を繰り返した。
そこで学んだ一つの真理。
どれだけ強力な異能者が集結したとしても、近代兵器で武装した人間には敵わない。
人間は、大砲の弾を受けて生きる事は叶わない。
人間は、首を切られて生きる事は叶わない。
異能とは、所詮は超能力者であり、哺乳類であり、ヒト科の生物であり、とどのつまり人間である。
どれだけ超常的な力を持っていても、無駄。
どれだけ速く動けても、馬を借りる人間の速度には敵わず。
どれだけ力が強くても、梃子の原理を応用する人間の力には敵わず。
どれだけ目が良くても、望遠鏡を利用する人間の視界には敵わない。
ましてや近代になればなるほどその差は開く。
かつては道具を用いた人間と互角に渡り合えた異能者達が。
車や飛行機、船を駆使する人間の魔の手からは逃れられず。
機関銃や大砲、毒ガス、ミサイルを駆使する人間の攻撃には耐えられず。
レーダーを駆使する人間の集積能力からは潜められない。
ましてや遂には都市破壊兵器なるものも存在し、異能の力は地に落ちた。
20世紀の始めには、遂には500を超えると謳われた異能者の集団組織もそのほとんどが壊滅した。
数を集めれば集めるほど人間に殺される。
果たして、誰が群がろうと画策するか。
くわえて異能者が近代兵器を手に入れようとも国家から爪弾きにされるような連中の資本力など高が知れており、世界中の国家と連結し、無限にも等しい兵器を保有する異能協会に歯が立つわけがない。
果たして、誰が群がろうと画策するか。
和信と楓は田んぼ道の真中で対峙していた。
和信の手には非罪架が握られている。
状況はまさに一触即発。
朝日が嫌がらせのようにまぶしい。
何故こんな状況に陥ってしまったのか。
和信が西日であるためか楓は一瞬目をそらした。
瞬間。
和信は火炎を放射した。
その炎は轟々と地を焼き尽くしながら楓に向かって牙を剥く。
「阿呆か・・・」
楓が冷たく嘲ると突如、土が壁を造り、盾となった。
壁は炎を完全に遮断した。
土はぽろぽろと崩れ落ちる。
「この化物が・・・」
そう言って舌打ちした。
事の発端は夜にあった。
「ねえ真弓!」
「何? そんなに血相変えて」
楓は家を飛び出し、真弓の家に転がり込んだ。
刀侍家は高級住宅街の一角にある『そこそこいい家』の一つにあたる。
早い話十羽一絡げだ。
楓は真弓が帰宅した後、すっかり忘れていた事を思い出した。
昨日の夜屋敷の娘を殺したばかりだった。
そう、今までならいつものことだから問題ないだろうが今回は大問題であることに丸一日かけてようやく気付いた。
どうでもいいが遅すぎだ。
殺したのは『屋敷』の人間だということだ。
屋敷といえば300年続くキリスト教徒の殺し屋。
しかしキリスト教が公認になってから化物殺しに転職した節操無しの一族。
まあ、七条も農地改革のせいで土地を失い、建設業なんぞ初めてしまったのだからあまり強くは言えないが。
吉田茂のばかたれー!!
まあ、それはいいとしてその化物殺しの一家の者を殺した以上報復が待っているに違いない。
何でも最近ではIEEOなる殺人集団の一員になったとかで殺人免除だそうだ。
やばい。
何でもIEEOでは戦車や戦闘機を駆使して街ごと破壊しながら対象を抹殺するそうだ。
さすがにそんな連中に勝てるわけもない。
真弓の力を借りても流石に街ごと火の海にされては勝てるかどうか。
陸の上なら無敵の真弓でも空の上からの攻撃にはどうだろう。
なんでも核兵器という奴は空中で爆破するそうだ。
やばい。
そんなのに勝てるわけがない。
当初私は真弓さえいれば恐いものなしだと思っていた。
しかし調べた所核兵器は空中爆破するそうじゃないか。
真弓が核兵器に触られない位置で爆破するということだ。
どうすればいい?
言うまでもない。
屋敷の一族を皆殺しにしてIEEOの連絡を絶ってしまえばいい。
何事も先手が重要なのだ。
よし、殺そう。
そのためには真弓の協力が不可欠だ。
真弓ひとりいれば一国の総軍事力にも匹敵するだろう。
少なくとも陸の上と海の中なら真弓は何にも負けない。
海を分解して地球を枯渇させることだってできるし、地面を分解して大陸を破壊することだって自由自在だ。
問題は空からの攻撃となるが屋敷家や日本の警察程度に高空攻撃は絶対にないだろう。
なんだかんだ考えていたら真弓の家が見えてきた。
私は蹴破るように門を通り抜け、我が家とは違う現代建築の2階立ての刀侍家の玄関ドアを思い切り開け、叫んだ。
「ねえ真弓!」
屋敷家の中で静粛なる沈黙の中。
和信と美琴は震えながら怒号を放つ悪鬼、彩音の一挙一動を見つめていた。
今日は重慶が粗相をしてしまった。
居間は愕然たる有様で静止に絶えられない。
料理は粉々になった皿に混ざり、辺りに散乱している。
冊子は割れ、カーテンは引きちぎられ、テーブルは足が折れている。
居間の襖はびりびりに引き裂かれ、畳は異様な染みがついている。
かろうじてテレビが無事なのは奇跡以外の何者でもない。
和信と美琴は居間の隅で手と手を握り締めながら潸然たる様子で縮こまっている。
「重慶さん、私を侮辱しましたね」
重慶は抵抗した。
男の尊厳をかけて。
しかし羅刹となった彩音はそんじょそこらのヒステリー女とはわけが違う。
それこそ重慶は彩音を殴ろうともした。
しかし無駄だった。
最初は頬に平手打ち。いわゆるビンタだ。
その直後、彩音は箸を重慶の鼻に突き刺した。
重慶は咄嗟に後ろに倒れ、大事には至らなかったが一歩間違えたら殺されていた。
彩音は料理の皿で重慶を殴打する。
畳は料理の汁と重慶の血が混ざり、奇妙な色彩を催した。
重慶が抵抗し、グーで殴ろうとした。
しかし彩音は重慶の薄毛でもハゲでもないが決して多いともいえない髪を握り締め、冊子にその頭部を思い切りぶつけた。
もはや殺人未遂である。
重慶は朧な意識の中で後悔した。
「小皺が増えたなんて、何で言ったんだ・・・・・・?」
重慶は病院直行である。
とりあえず適当に言い訳をすまし、帰宅した。
時刻はもうすぐ朝になりそうな頃。
重慶は大事をとって入院した。まあ、場所が場所なので。
帰って居間の片付けをしているその時、和信は割れた冊子から異様なものを目撃した。
庭の土がまるで大蛇か竜のようにとぐろを巻いているではないか。
そんな真似ができる人物を、和信は一人しか知らない。
幸い美琴は気付いていなかった。
「美琴、悪いけどちょっと出かけてくるね」
「え? ちょっとこんな時間に何処行くの?」
「すぐ戻るよ」
和信は慌てて自分の部屋に向かい、非罪架を取り出す。
ふと庭をみると竜が鎌首を擡げていた。
突如、竜が和信の部屋めがけて突進してきた。
あわてて和信は障子を全開にする。
雨戸をしめていなくて本当に良かったと肩を撫で下ろす。
竜の頭は巨大な杭となり部屋を突き刺した。
幸い部屋は傷ついていないがもし雨戸を閉めていたら串刺しになっていただろう。
和信は家を飛び出す。
庭は巨大な竜と化していた。
まるで八俣大蛇を彷彿させる。
竜は和信を見つけると突撃を開始した。
和信はその杭の突撃をかわし、門から出る。
そこには予想通り七条楓が立っていた。
和信は黙って非罪架のセーフティを外す。
楓はここは土が少ないため危険だと悟ったのか突如撤退を始めた。
「な!?」
和信はあわてて楓を追いかけた。
そして後悔した。
そこは周囲が土に満ちた田んぼ道。
楓のテリトリーだった。
和信は非罪架を振り上げ、ボロボロになった土の盾を破壊する。
それと同時に銃口を楓に向ける。
しかし、和信が引き金を引くよりも早く、楓が攻撃を開始した。
ボロボロになった土を集約し、針となって和信を襲った。
「な!」
和信は咄嗟に非罪架を傾け、盾にする。
針はその威力故か非罪架に衝突した瞬間に粉々になった。
和信はその隙に踏み込み、楓の頭蓋めがけて非罪架を振り下ろす。
しかし楓は瞬時に田んぼの土を集約し壁を生み出し、その攻撃を無効化した。
和信はすこしふらついた。
当然だろう。
非罪架の重量は15s近い。
そんなものを振り回せばどうなるかは推して知るべし。
まずい。
体がぐらつく。
そんなことを他人事のように和信が考えた瞬間、楓は笑った。
「所詮はもやしっ子か、屋敷のくせに」
楓の攻撃。
周囲の田んぼから360度全ての角度から杭のような土が和信めがけて襲い掛かった。
それは必殺の攻撃。
楓は和信を嘲笑した。
火炎放射器ごときで自分と対等に戦えるなどと自惚れた屋敷の息子。
自分がその程度と思われただけで万死に値する。
せめて機関銃か対戦車用のバズーカ砲・・・いや、生ぬるい。
それこそ戦車の一台でも動員しなければ勝てるはずがないのだ。
核兵器をもたなければ真弓には勝てないように、戦車をもってしなければ楓には勝てない。
いや、戦車でも勝てるかどうか・・・。
ひとつの部隊にも匹敵する楓を侮った屋敷の息子。
許せない。
全身を串刺しにしてブチ殺してやる。
穴という穴に杭をぶっ挿して惨めな死体を晒してやる。
いっそのことその串刺しの死体を街中に晒してしまおうか。
悪くない。
そもそも楓を侮辱したことが何よりの原因である。
だからこそ惨めな死体を街中の人間に、否、世界中の人間の好奇の視線に晒されてしかるべきである。
何故、火炎放射器ひとつで愚かにも立ち向かおうと画策したのだ?
和信は冷静だった。
体勢を立て直した瞬間に弾丸のように襲ってきた杭の螺旋。
杭はただ一周しているだけではなく螺旋となっており、上も下もかわせないようになっている。
どうしよう。
ひとつひとつが必殺の一撃であり、しかもかわせないように螺旋になって、くわえて防御できないように無数に存在する。
なんて出鱈目な攻撃だろうか。
和信が鼠だとしたらさしずめ楓は猫だろうか。
いや、虎だろう。
奴は、人間ではない。
しかしそれでも和信は冷静だった。
鼠が虎を倒すことは不可能だろうか?
いや、そんなはずはない。
世の中にはウサギが獰猛な犬を噛み殺したという実例が存在する。
そのバージョンアップと思えばいい。
大丈夫だ。ヌーはライオンを倒し、牛は豹を倒し、蟻は象を倒すという。
生態の歴史が可能だと証明している。
よく見ろ。
螺旋は本当に螺旋だった。
わかった。
何か閃いたのか和信は屈み、徐に前進を開始した。
非罪架を螺旋の軌道にあわせて斜めに持ち、前の杭のみを防いだ。
楓は怪訝そうにその様子を見守る。
螺旋階段をイメージしていただきたい。
前方の螺旋を封じ、なおかつ前進すると杭はどこから和信を攻撃する?
後方しかないわけだ。
しかし螺旋状になっている杭はそのまま和信が前に屈みながら進めば。
文字通り螺旋なので上をかすめて空の彼方へ消えてゆく。
楓は絶句した。
必殺の螺旋を破られたのだから当然だろう。
くわえて和信を通り抜けた杭が楓に向かって反旗を翻す。
「え? ええええええええええ!?」
楓は引きつった笑みを浮かべながら反逆する杭を見つめていた。
楓は和信に第二撃をくわえる間もなく、即防御に徹し、壁を展開。
杭は壁をたやすく貫き、楓を襲う。
「そ、そんな馬鹿な!?」
楓は恥じも外見も気にせず後ろに向かってダイブした。
ごち、と鈍い音がしたが串刺しになるよりまじだろう。
楓がふらつく頭を抑えながら立ちあがると、そこには非罪架を振りかぶった和信の姿があった。
「くらえ七条!」
和信がそう叫びながら非罪架を振り下ろす。
楓は何とか身をかわすも右肩をかすった。
袖が裂け、血が迸る。
楓は悪鬼の如き形相で和信を見つめた。
そのまま田んぼの土を弾丸にして飛ばした。
大きさは100mm程度。
タイヤを爆発させることができるサイズだ。
和信はしかし非罪架をうまく盾にしてその攻撃を受け止める。
「なんて邪魔な火炎放射器!!」
楓は和信の後方の田んぼから弾丸を発射した。
しかしそれを予測していたらしく和信は楓の目つきが変わったその瞬間に身をそらした。
途端、弾丸は楓を襲う。
「また!?」
楓は即座に壁を展開。
今度は弾丸だったため防御に成功した。
その隙に和信は攻撃をしてくる。
楓は思い切り距離をとってやりすごす。
楓は驚愕した。
まるで柔道と一緒だ。
力に頼るのではなく、力を利用する。
3の力で10の力に対抗するには、ただ単に相手の10の力を自分の力に上乗せすれば13の力を発揮できる。
そんな柔道の理想理念を応用するとは思わなかった。
だって、なんだかんだ言って結局10の力を持ってるほうが有利には違いないのだから。
ゆえに『理想』理論。
「現実は理想通りに行くとは、限らないわよ」
楓は笑った。
瞬間に楓は和信の真横から弾丸を発射する。
楓の攻撃を何とかかわそうとするも、結局弾丸を両肩を掠め、背中を裂いてしまった。
「ぐっっっっっ!」
ふらふらとしながらも何とか立った姿勢を崩さない。
和信は笑った。
それが、楓の癪に触った。
和信はゆっくりと告げた。
「七条・・・ウサギとカメの話は知っているね」
「? 何を言って・・・」
楓は固まった。
しかし横からの弾丸は止めない。
左右からの弾丸のため、和信はかわすしかない。
しかし非罪架が文字通り重荷になっていた。
かわしながらも和信は言葉を紡いでいった。
「ウサギとカメの勝者はカメなんだよね」
和信はかわす。
楓は気付いていなかった。
「でもそれはウサギが寝ていたからであって、おそらくウサギが寝ていない場合、カメは勝てない」
和信は左肩に弾丸が当った。
しかし楓は気付かない。
「それは誰もが間違いなく予想できること。でもね七条。現実は・・・」
和信は数発の弾丸をくらいながらも耐えている。
横からの攻撃は致命傷には程遠い。
顔と腹さえ守れば致命傷にはならないからだ。
楓は和信の言葉に魅入られていた。
何を言うのかが気になっていた。
「ウサギが犬を噛み殺したり、ネズミが猫を噛み殺したり、ヌーがその角でライオンを刺し殺したり・・・」
和信は耐える。
楓はまだ気付かない。
「現実はさ、カメってウサギに勝てるんだよ。絶対的に。だって弱者が常に強者に破られてたら」
楓は今、ようやく気付いた。
「生態系が狂っちゃうんだよ。本来強者と思われていた方が、本当は弱者だったんだ」
和信がわずかながらも前進し、火炎放射の距離に入っていたことに。
楓はようやく気付いた。
しかし、もう遅い。
「なんでライオンはウサギに手を抜かないかって? そんなの」
和信は弾丸を無視して楓に銃口を向ける。
「ウサギの方が強いからに、決まってるじゃないか」
和信は笑いながら火炎を、放射した。
楓はかわせない。
壁を展開するひまはない。
「わああああああ!!」
楓は絶叫しながら炎を浴びた。
なんとか顔だけは保護したものの、全身を焼かれ、転がり込む。
楓はボロボロになった我が体に絶句した。
服は焼け、肌は爛れ、靴は灰化し、スカートは千切れ、髪は焦げ、全身に激痛が走る。
楓は頭を冷やしてゆく。
その急速冷凍のおかげでなんとか我をとりもどした。
火傷はよく見ると顔を保護した腕だけであとはどこにも火傷はない。
ただ、服は見る影もなくボロボロであるが。
「屋敷〜!!」
楓は呪詛のようにうなりながら殺意を超越し、呪いの眼を和信に向けた。
和信はその眼を見たら石化した錯覚を感じた。
まるで彩音の眼だ。
あのゴルゴンの眼差しだ。
「屋敷を包んでしまえ!」
楓が叫ぶ。
すると田んぼの左右の土が盛り上がり、和信を包み始めた。
和信はなす術もなく生き埋めになった。
「はあ・・・はあ・・・最初からこうすればよかった・・・」
楓はそのまま英一を殺した時のように圧力をかける。
「砕き殺してしまえ!!」
和信は全く動けなかった。
しかしこの土は道路にかぶさっているためか、量は多くないようだ。
しかもこの土は田んぼの泥でできているためか、非常に脆い。
途端、圧力が加わってきた。
どうすればいい?
指は動けないだろうか。
なんとか頑張ってみる。
指は中々動かなかったがついに非罪架の引き金を引くだけは動いてくれた。
泥の中に、炎が走る。
泥は脆い土に変貌し、ぽろぽろと崩れた。
和信は動く、動けた。
圧力は馬鹿みたいに加わってくる。
しかし和信は飛び跳ねる。
すると、泥からの脱出に成功した。
出た瞬間のことだった。
今まで泥だったものがぐにゃりと歪み、岩のように変貌した。
ぞっとする。
あと1秒遅かったら死んでいただろう。
「へ?」
楓は素っ頓狂な声を上げた。
どうしてあの泥から抜け出せた?
どうしてあの圧力から逃げ出せた?
有りえない。
岩の頂上から和信がこちらを見下ろす。
有りえない。
「この・・・化物・・・が」
なんとか口に出せた言葉はそれだった。
楓は悲愴な表情を醸し出して和信を見上げる。
和信ははあはあと肩で息をしながら非罪架を構える。
そのまま火炎放射した。
あわてて楓は身を翻す。
その瞬間を待っていた。
和信は岩の頂上からジャンプし、非罪架を突き刺そうとした。
疲労に達しているせいか和信に理性は消し飛んでいた。
しかし楓は土をつるのようにして非罪架を覆い衝撃を吸収し、致命傷を防いだ。
それでも背中に激突した合金製の十字架は痛かった。
(まずい・・・すごく痛い・・・痛いよ・・・痛いよお・・・逃げよう)
楓は最後の手段にでた。
楓は周囲の田んぼの土を全て持ち上げた。
さすがに和信は絶句した。
その土は山一つぶんは軽くあった。
楓はそれを和信めがけて前に掃射した。
「逝って・・・しまえ」
土の津波。
楓はその津波に穴をあけ、悠々と逃げ出した。
和信は非罪架を抱え込み、一目散に逃げ出した。
当然土の津波は田んぼから落下する性質をもつ攻撃のため、道路だけは塞がれていない。
しかし高さは100mに達する土の津波。
土はゆっくりと落ちてゆく。
ぼろぼろと落石していく。
もしここが一面土でだったら間違いなく死んでいるだろう。
というかこの攻撃はデイジーカッターに匹敵するのではなかろうか。
まさに一個師団どころか一つの都市を抹殺する。
和信は落石の空襲と、襲い掛からんとする土の津波から全力疾走していた。
これが空襲から逃げるということか。
防空法なんて既知外じみた法律をつくった帝国政府は気が狂っているとしかいいようがない。
防空法。
空襲から逃げたら2年以下の懲役。
もっとも東京大空襲などの大型空襲では全くのザル法だったが。
和信は走った。
ドドドドと大地震でも起きたかのように大音声が響き渡る。
土が裂け、ガスが発生する。
臭い臭気にあてられながらも和信は走った。
バリバリと、雷のような土の裂ける音。
「うわああああああああ!」
和信はその風圧に吹き飛ばされる。
しかしそれが幸いしたのかかろうじて土が埋もれる前に住宅街にまで逃げ出す事に成功した。
和信はしかしその津波のあまりの恐ろしさに失禁を催してしまった。
ふと数m先を見ると、土が山を形成して道路を完全に封鎖していた。
おそらく住宅街から街まで山になっているに違いない。
「あ・・・あわわ」
和信は腰を抜かしてしまった。
恰好悪くはあるが、仕方のないことだ。
すると遥か後方から嫌な音がする。
サイレンだ。
それも一台や二台ではない。
(まずい・・・警察がくる)
和信は腰が抜けているので這うようにしてなんとか逃げ帰ることに成功した。
楓は自分の家には帰らず真弓の家に向かった。
山に逃げ、そこからポリ・カー(パトカーの意)を警戒しながら数時間かけて真弓の家に辿り付いた。
すでに空は明るく、通勤者まで見当たる。
もっとも、街まで辿りつけないだろうが。
楓が自分の家に向かわなかった理由は一つ。
こんな歴史的大事件を引き起こしてただですむはずがなく今家に帰ったら殺されてしまうだろう。
屋敷を殺して自分が逃げるためとはいえ、ちょっと規模がでかすぎた。
これはもう七条家でカバーできる範疇を超えてしまっている。
だから真弓に助けを借りた。
すると真弓は冷静さを欠いて言った。
しかし的確な正論を。
「楓、逃げよう」
「え・・・でも」
無駄だろう。そもそも真弓に助けを求めたのは仲介であり、逃走ではない。
「殺されるよりマシでしょうが! 一族に弾劾されるに決まってんじゃん!! さ、早く!!」
その勢いに押されたのか楓は即頷いた。
「わかった」
楓と真弓は逃走した。
暗影は久美に蜘蛛の液を飲ませていた。
「やっと・・・飲めたよ」
久美は言い知れぬ達成感を感じていた。
暗影もほっと肩を撫で下ろす。
おそらくこれで末期病は治るだろう。
ちなみに瓶がもう一本あるのだがどうしようか?
残った蜘蛛の体液を絞りなおした、早い話が二番煎じだ。
「これをどうしたものかな・・・ん?」
その時暗影の携帯が鳴った。
病院は携帯禁止なのだが気にしない。
「私だ」
その言葉を聞いて暗影は絶句した。
「何!? 楓と真弓が逃げた!?」