月が泣いている。

 えーんえーんと泣いている。

 夜の空から月の涙が滴り落ちる。

「どうして泣いているの?」

 月に語りかける少女がいた。

 月は答えた。

――誰も、自分を救ってくれない――

 月の上で少女は慈愛に満ちた目でゆっくりと答えた。

「大丈夫、ラ・ムーンの名にかけてこのわたしが救ってあげる」

 

 

 

 暗影はあの液を持って久美の元へ向かった。

 昨日溺れてしまったため少し、体の調子が悪い。

 すると七条家の門の前で真弓が立ちふさがった。

 暗影は幾許か怪訝な表情を浮かべる。

「真弓?」

 真弓は冷たい眼で暗影を見つめていた。

 暗影は知っている。

 真弓は楓とは比べ物にならないくらい危険な女であることを。

「その瓶をどうするの?」

「久美に飲ませるんだ」

「蜘蛛の液なんか飲ませてどうするの? 末期病が治るとでも思っているの?」

 真弓の苛立ちはしだいに臨界へ達してゆく。

 真弓は強すぎる。

「やってみなきゃわからんだろ」

「それって人体実験じゃない!」

 暗影は表情一つ変えない。

 真弓に勝てるなんて大それた事は思っていない。

 しかし譲るわけにはいかない。

 真弓がひとたび本気になれば一個師団さえ敵じゃないとしてもだ。

「やらなきゃ死んでしまうんだ・・・・・・そこをどけ」

「嫌よ。そんな液体飲ませるもんですか」

「力ずくでもどいてもらう」

 暗影その言葉に真弓が嘲笑する。

 まるで大学生が幼稚園児に喧嘩を売られたようなものだ。

「力ずく? 真弓相手に?」

 暗影は間髪いれずに池の水を真弓にぶつけた。

「あははははは!」

 しかし真弓はその水に触れた瞬間、水素と酸素、そしてその他の化合物や虫に分解した。

 暗影は冷や汗を流す。

「・・・神成蜘蛛か」

 真弓は瓶に向かって突撃してきた。

 暗影は瓶を守るため、瓶を服の中に隠し、身を翻しながら木の陰に隠れた。

 当然真弓の手は木にあたり、木は木片一つ混ざる事無く木っ端微塵に分解された。

 暗影は内心びくびくと怯えていた。

 当然だろう。

 真弓の手に触れた瞬間間違いなく絶命してしまう恐るべき能力。

 そんな物騒の極致を自分に向かって浴びせられまくっているのだから。

 しかしそんな恐怖はおくびにもださずに真弓の手が木っ端に触れているその一瞬に持ち前の紳士傘を開く。

 真弓は一瞬どきりとしたが、すぐさま傘を分解する。

 その瞬間に暗影は一目散に逃げ出した。

 真弓が暗影を追おうと踵を返したその時、分解した傘の破片が真弓の右膝に突き刺さった。

「痛ったーーーーーー!!」

 

 暗影は真弓の悲鳴を聞いて心から安堵した。

 暗影は大急ぎで車に乗り込み、病院へ向かった。

 空は不思議なほどに黄色く濁っていた。

 車は病院へ向かい、疾駆する。

 10分ほどで病院へ辿り付いた。

 暗影は猛然と久美の下へ走る。

 病院で走っていいのかと懸念してしまうが仕方のない事だろう。

 暗影はかなり荒い息継ぎで久美の部屋になだれ込んだ。

 久美は何事かと仰天する。

 当然だろう。

 いきなり自分の父親が血相変えて突入してきたのだから。

「あれ? お父ちゃんどうしたの?」

 しかし久美は表層ではすこぶる冷静な声でそう言った。

「久美、これを飲め」

 暗影ははあはあと酸欠みたいな息継ぎで懐からあの瓶を取り出す。

 久美はその瓶を見て怪訝な表情を浮かべた。

 その瓶に入っている液体が実に奇奇怪怪な色を呈していたからである。

「・・・・・・なにコレ?」

「久美の病気を治してくれる魔法の薬だ」

 明らかに久美は躊躇っていた。

 それくらい妖しい色をしていたのだ。

 久美は自分が末期病だとは知っている。

 ただ、末期病がどんな病かを知らないが。

 ちらりと久美が暗影の表情を窺う。

 その確信に満ちた目が実に妖しい。

 久美は恐る恐る瓶を手にとる。

 暗影は一押ししてみた。

「大丈夫だ。楓公認だから」

「・・・・・・・・・・」

 久美の目がさらに訝しくなる。

(ミステイク!)

 暗影は舌打ちする。

 しかし久美はちびり、と一口その禍々しい液体を口にした。

「・・・・・・まずい」

 久美がかなり顰めた表情を呈する。

「良薬口に苦しだ。我慢して飲め」

 久美は実に45分もの時間をかけてちびちびと蜘蛛の液を啜った。

 しかし半分ほど飲み干したところでついに久美も絶えられなかった。

「お父ちゃん・・・もう・・・飲めないよ」

 涙目で哀願する久美を見て暗影ははあ、とため息をついた。

「・・・仕方ないな。残りは今度飲めばいいさ」

「・・・また・・・飲むの?」

 久美は悲愴な表情でそう尋ねる。

 暗影は何も言わず瓶を持って帰っていった。

 

 

 

 和信は一心不乱にパソコンに向かっていた。

 そこにはIEEOの駆除令状の申請を記入している様相を呈していた。

 ちなみに自分の家だとうるさいのが沢山いるので純の家で打ち込んでいる。

 和信は自分の機がノートであったことに心から感謝した。

「和信〜、あわれな子羊のためにコーヒー煎れてあげたよ」

 そう言って純が台所から姿を現す。

 和信はコーヒーを受け取る。

 ブラックだった。

「・・・そういえば純はブラック党だったね」

「どうも甘いコーヒーって苦手で・・・なんか強制的に甘くするってのは辛党のあたしには許せないことなんだよね」

 和信は思った。

 口には出せないが純の口にも砂糖をいれるべきではないのか、と。

 その辛党が口にまで汚染されているせいで何人の人が泣いてきたと思っているのか、と。

 しかし口に出すと何言われるかわかったものじゃないので黙っておいた。

「ん? さっきから和信なに打ってんの?」

 純が画像を覗き込む。

 そこにはIEEOの駆除申請書の欄が最大化で表示されていた。

 純の表情が訝しくなる。

「・・・おい、低能。この 今にも『僕は既知外です』って誇示しまくってる頭のイカれた申請書は何?」

「・・・・・・だからその辛口が・・・ってまあ、それはいいんだけど。これはIEEOの駆除申請書」

「あいいーいーおー? 何それ?」

「日本語で『国際異能排除機構』。まあわかりやすくいうと『世界平和のために化物を抹殺する組織』と覚えてくれればいいよ」

「・・・和信、頭大丈夫?」

 純が可哀想な表情を浮かべる。

 和信はそんな純の反応に憤りを覚えた。

「じゃあ、これ見てごらんよ!」

 そう言って和信は純にIEEOのサイトを見せつける。

「・・・・・・・・・・・・」

 純はしばしそのサイトを訝しめに見つめる。

 するといつしか和信を押しのけて注視するようになった。

「・・・・・・・・・」

 純の目は真剣で和信はすごすごと一歩引く結果になってしまった。

 そして20分ほど過ぎた後。

「ねえ和信。空飛ぶ犬を探そうか」

 などと抜かすようになってしまった。

 空飛ぶ犬。

 生きて捕獲した者には賞金1億円。

 ツチノコの異形バージョンのようなもの。

 ちなみに害はない。

 犬種は不明。

 一説によるとUFO説やら蜃気楼説やらフライングヒューマノイド説やら飛行機説やらが飛び交っているため実在するかも不明。

 変なとこまでツチノコだった。

 なんでも上空3000〜7000m辺りに飛び交っているとか。

 最初の発見者は飛行機の操縦者。

 和信は至極冷静に突っ込んだ。

「どうやって上空3000mのところにいる犬を捕まえられるんだい?」

「黙れ短小」

 和信は固まった。

 和信はつくづく思う。

 純の口には砂糖を塗りたくるべきだと。

「そういえば和信何の申請してたの?」

 純が短小といったことには全く気にも留めず、そう言った。

 和信も短小くらいでは腹は立たない。

 だって、実際、短小なんだから。

「あ・・・うん。七条楓の駆除申請をね・・・」

「七条ってあの七条?」

 この街において七条という苗字が該当するのは一軒しか存在しない。

「そう、そこの娘っ子の駆除申請」

「・・・・・・なんで?」

「え、それはちょっと言えないなあ」

 純は冷たい眼で質問する。

「ちなみにさあ。駆除って殺す事だよね?」

「・・・まあ、そうだね」

 純の表情がさらに冷える。

「・・・・・・和信、あんた何様?」

「え?」

 和信が絶句する。

 何を唐突にそんな質問を受けねばならないのかさっぱりわからない。

「質問するから正直に答えてね」

「え、え?」

「いいから答えろこの害虫」

 それは本当に害虫を見る目だった。

「人を殺してみたいと純然たる好奇心が沸き起こった事、あるいは自分の意に背く者に腹を立てたことがありますか?」

 何だ、その質問は。

 和信はかなり怪訝そうな顔をしつつも、正直に答えた。

「イ、イエス・・・」

 純は徐に和信の胸倉を掴んだ。

「この害虫めが。異能が糞虫ならお前は寄生虫だな」

「そ、そんなことないよ。だって異能の犯罪ってそのほとんどが完全犯罪だから超法規的な組織が必要なんだよ」

「別に異能を『殺しちゃ』駄目なんて言ってない。この組織が魔女狩りとおんなじなのが駄目だといっているのよ」

「へ?」

「よく考えて御覧なさいな。これってさ。ここにその異能か異形の情報を書き込めば殺してもOKと、そういうわけでしょ」

「・・・そうだね」

「つまりさ。例えば誰かがむかついたから・・・という理由でそいつの名前を書いて適当に異能をでっちあげれば殺しても罪にならないってことになるでしょ」

「あ・・・」

 和信ははっとする。

 よく見てみるとこの申請書は変な所まで魔女狩りだった。

 純はさらに続ける。

「べつに七条を殺す事が悪いとは言わない。和信が申請するんだから殺されて当然のようなことしたんでしょ。問題は『殺す』のではなく『駆除』するという事。・・・かつて魔女狩りにこんな事件がよくあった。ある女性に振られた男性が腹いせに魔女だとでっち上げ処刑したとか。裁判中に証人が罪をでっちあげてる時に異を唱えた人間に腹を立て、無理矢理そいつも共犯にして処刑させたそうよ・・・つまりさ。IEEOなる気の狂った組織の下請けの連中は『人を殺しても罪にならない』人種になるわけ。それどころか独裁だってできる。自分の意にそむく者は『粛清』できるもの。まるでポル・ポトかスターリンかヒトラーね。・・・・・・このファシスト野郎」

 和信は絶句した。

 そう言われれば確かにそうなのだ。

 純は鈍感のくせに変な所で鋭い。

「それは・・・そうに違いないけど・・・」

「知ってる和信? サロト・サル(ポル・ポトの本名)は1362日間で274万6105人を虐殺したんだよ」

その概要は農民192万7061人、労働者、官吏、技術者30万5517人、僧侶2万5168人、外国の民族56万8663人に及ぶ。

 また、虐待によって身体障害者になった者は14万1848人、孤児は約20万という。

「その・・・純さん?」

「スターリンは3年間に800万人を強制収容所に叩き込み、うち反逆罪、スパイ罪を100万人処刑し、収容所であえなく死亡したものは200万人にものぼり・・・」

「もしもし?」

 和信が純の肩を揺さぶる。

 しかし純は陶酔しきったらしく、一向に話をやめようとしない。

「マイナーどころでいえば9・30事件がインドネシアで行われ、8万7000人の共産党員を殺害し、30万以上の民間人が殺され、南米チリにおいても1974年にアジェンデ政権崩壊の後、アジェンデ支持派が3000〜3万人殺され、中米エルサルハドルで殺人部隊なるものが5年間で4万人を殺害し、中国においても・・・」

「おーい。水村純」

 肩を思い切り揺さぶるも全く効果がなかった。

 だから悪いとは思いつつも叩いてみた。

 しかしそれでも無効だった。

 和信はそれ以前に純が何故こんなに虐殺について詳しいかが気にはなった。

「超有名なヒトラーの虐殺は有名すぎて説明はいらないわね。じゃあユダヤ人処理にあたったアイヒマンの・・・」

「純!」

 ついには蹴っ飛ばした。

「痛っ・・・なにすんのよファシスト野郎。せっかく興が乗ってきたってのに」

「純がどうしてそんなに虐殺に詳しいかは知らないけど結局何が言いたいわけ?」

「だから和信もそういう人間にならないように先人たちの負の遺産を・・・」

「大丈夫だよ。・・・まちがってもそんな真似しないって」

「ほんとかな・・・まあいいか。信じる。コーヒーおかわり煎れてくるね」

 そう言って純は台所へ向かう。

「ちょっとトイレ借りるよ」

 和信はそういって便所へ向かう。

 その途中、純の部屋が開けっ放しのためかちらりと中が見えた。

 正確にいうとそのドアが内開きのため部屋の一角の本棚だけが見えた。

 和信は最初、そのまま通り過ぎようとしたがすぐさまバック。その本棚にある本を凝視した。

 漫画類、小説類、雑誌類はちらほら見当たるがその3倍はあろうかという不思議な書物に目を引かれた。

「なんだありゃ?」

 和信が目を凝らす。

 そこには『虐殺者の記録〜ナチスジェノサイド〜』『フィデル・カストロ』『連合赤軍』『アラブゲリラと世界赤軍』『治安維持法下の母』『マッカーサーの日本』『アイヌ民族と天皇制国家』『わが闘争』『自決』『チェ・ゲバラ伝』『私は夢を恐れる』『被差別部落のたたかい』『虐殺はなぜおきたか』『女工哀史』『謀略』『南京大虐殺のまぼろし』『死刑囚の記録』『小林多喜二全集』『赤い雪』『都市ゲリラ教程』『世紀の遺書』『魔女狩り』『東京裁判』が並べられていた。

 それ以上にもあったがこの位置からではわからない。

「近代史における負の遺産ばっかりだな・・・純の趣味はわからない」

 和信は少し呆れた様相で便所に向かった。

 

「遅かったね和信」

「ああ・・・うん・・・ちょっとね」

 和信がコーヒーを啜りながら何気なく質問する。

「ねえ純」

「ん? 何?」

「純のお気に入りの本って何?」

 純はしばし頭を傾げ、思案する。

 そして20秒ほどで人差し指を立てながら答えた。

「思い浮かばないなあ。これはってのはないね。まあ中学の時学校の図書室で見た『日本の公害』あたりはほしいなって思ったけど」

「純ってさ、すごく変わった趣味してるよね・・・」

「うん。よく言われた。でもね和信、人の趣味にケチつけるような非人道的な糞虫野郎は産廃と共に死んじゃえって中学の時言わなかったっけ?」

 それは笑顔だった。

 和信は冷や汗を垂らし、記憶を回帰する。

 

 中学3年の秋の事。

 静謐な図書室の片隅に慇懃でも起こりそうな場所がある。

 そこはちょうど本棚に四方を囲まれ、まず見つからない。

 くわえて棚と棚の隘路に位置するため来る事すらありえない。

 和信は何気なく図書室を巡回しているとその道を見つけた。

「この先ってなにがあるのかな・・・」

 それは好奇心。

 見知らぬ世界への弛まぬ探究心。

 幼少の時に感じたその錯覚。

 和信はゆっくりとその道に吸い込まれていった。

 その道は狭く、なかなか通れない。

 なんかビデオ屋のアダルトコーナーへの道のりを彷彿させる。

 しかしあれより数倍細く、通りづらい。

 棚と棚の隙間を抜けると、そこはちょうど棚に四方を囲まれた本の牢獄だった。

 しかし和信はそれよりもその牢獄に囚人が居る事に驚愕した。

「なんで・・・純が、いるの?」

 和信が震える声で牢獄の中心で何か写真集のようなものを一心不乱にみつめている少女に声をかける。

少女――水村純は顔を和信に向け、言った。

「人のテリトリーに侵入するなんて関心しないよ。和信」

「なんでこんなとこにいるの?」

 純は冷ややかな笑みを浮かべる。

「だって、ここにあたしの目当ての本があるんだもん」

 和信は周囲を見回す。

 そこは異質な本で満ちていた。

「何・・・ここ?」

 和信が恐る恐るそう溢す。

 純は本を眺めながら答えた。

「もう読まれなくなった本を一時的にここに置いてあるの。まあ、書庫だね」

「で、それをわざわざ読んでいると」

「だって前まであったの変えちゃったんだもん」

「何を何に?」

 和信は恐る恐る尋ねた。

 純は冷徹に答える。

「『日本の公害』が『戦争と平和』に変えられたの」

 その時の和信の表情はこの牢獄の本と変わらず異質だった。

 和信はよく純の見ている写真集の内容を見てみる。

 そこには四日市ぜんそく以前の某小学校の校歌とそれ以後の校歌の紹介や、イタイイタイ病患者の拉げた指や、水俣病の実験に使われた猫の反応や、サリドマイド児の写真や、工場のアップなどが点々と掲載されていた。

 特に和信が気を悪くしたのは『奇形魚』だった。

 疣がついたり尾がねじれた異質な魚が、和信に吐き気さえ、もたらした。

 純はそんな和信の反応に気付かず平然と続けた。

「あたしはね。戦争よりも公害のほうが好きなんだよね。戦争の死体ってさ、数だけあってグロいの少ないじゃん。虐殺系はともかくね。でも公害物は死体こそ皆無に等しいけどさ、グロいから好き。とくに奇形系がいいね。戦争物だとベトナム戦争の写真集あたりだと奇形双生児や顔がぐしゃぐしゃのガキがあるんだけどね」

 和信は純に初めて嫌悪した。

 なんだこの女は?

 この頃は知らなかった。

 純が虐殺にどうして詳しいのか。

 和信は純が異質な写真を眺めていることにのみ、嫌悪したのだ。

 和信はその嫌悪を口にした。

「純・・・そんな本読むなよ・・・」

 純は首を傾げた。

 その動作さえ、和信は吐き気がする。

「どうして? 読んじゃいけないの?」 

「うん。やめようそういうの読むのは。こっちまで気持ち悪くなる」

 純は少し不機嫌な顔になる。

「別にここで読む分にはいいじゃない。この独裁者。何であんたがそんなこと言うかなあ」

「純・・・悪趣味だよそういうのは。人格を疑われるよ」

 和信は今更ながら後悔した。

 こんなこと言わなきゃよかったと心から後悔した。

 純は猛然と立ち上がった。

「塵屑が。あんたの粗末な価値観であたしを縛りつけようとするな、この産業廃棄物が。そもそも趣味なんてものにどうして他人に気を使う必要があるの? この痴呆が。死ぬがいい。休息さえも他人の目を窺うような蛆虫野郎は生きるな。死ね。そもそも人の趣味にケチつけるような非人道的な糞虫野郎は産廃と共に死んじゃえ!」

 すさまじい罵詈雑言。

 和信はさすがに傷ついた。

 良かれと思って助言したのに逆に反発の結果を生んだのだから。

 しかもこの毒はレベルが高い。

 純は飛ぶように和信を押しのけ、去っていった。

 和信は牢獄に取り残された。

 

「あ〜そう言えばそうだった。でもどっちかって言うと蛆虫野郎は生きるな。死ね。の方が印象深かったけどね」

「まあ、そこは別にいいんだけど。で、思い出したんだ」

 純が冷笑を浮かべ、和信を見つめる。

「ごめん。僕が悪かった」

 和信は頭を下げた。

 純は表情を和らげる。

「それでいいのよ」

 

 

 

 夜。

「じゃあ帰るね」

「うん。じゃ」

 和信は自転車に乗り込む。

 そのまま家に向かって走らせた。

「結局申請し損ねたな・・・」

 ぽつりと和信がそう溢した。

 

 

 真弓と楓は楓の部屋で談話をしていた。

「ふうん。暗影はアレ飲ませたんだ」

「まったくあんなゲテモノを・・・」

「気持ちはわかるけどね」

 

                      



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