月の司祭。

 月を崇めたり月の魔性を得たりする者達(魔性者)にとっては神的存在であり、到達点でもある。

 9900年の歴史を持ち、12年周期にて実に825代にも渡って月と魔性者の間に立って儀式、典礼を司ってきた存在。

 さらに、月光病(月食の光を浴びて呪われてしまう病)を治癒できる唯一の存在でもあり、世界中の月光病患者を看病しに東奔西走している。

 月の司祭の選定は先代となる司祭が魔性者の中から1名だけを指定し、祭儀によって司祭を引き継ぐ。

 くわえて月の司祭はIEEO公認の異能とされ、非駆除対象になっている。

 また、月の司祭はラ・ムーン(またはラ・リュヌ)とも呼ばれ、ファミリーネームの後に付け加えられる。

 現在の月の司祭はティリシア・ロワイロット・ジュイゾ・ラ・ムーン。

 ちなみに次代の月の司祭は御沓冬弥。ただ825代に渡って日本人の月の司祭は例が無く、一部の魔性者からは反対の声が上がっている。

 余談だが、もし御沓冬弥が月の司祭になった場合、どんな名前になるのかでも一部では考察されている。

 冬弥・御沓・ラ・ムーンになるのか御沓・ラ・ムーン・冬弥になるのかで小さな波紋が広がりつつある。

 

 

 

事を理解するためには死を恐れなければならない。

 死ぬ事を恐いと本能で理解する事を頭で理解しなければ生きる意味はわからない。

 天国を知るためには地獄を知らなければならない。

 対極するモノの両端を理解しなければ棒というものはわからない。

 朧々な夜の中。

 生きる者を嘲る者。

 死ぬ者を理解しない者。

 世界の真理は『儚い』の一言によって定義され、

 存在の価値を遠方の視点で見出せない。

 故に儚い。

 世界が存在することの、どこに意味がある?

 極めて遠方の視点から見て、ちっぽけな生物が、ちっぽけな大陸の存在する、ちっぽけな星が、ちっぽけな星系に束縛され、ちっぽけな銀河がそれを支配し、ちっぽけな宇宙が銀河を飲み込み、ちっぽけな世界が、ちっぽけな有限世界で、ちっぽけに存在し、ちっぽけに消滅する。

 無限に最も近い有限の中で、価値などなく。

 人間の生に意味があるのなら、この有限世界には、何の意味がある?

 世界の輪廻を超えるモノに、何の価値がある?

 意味などない。

 世界に意味などない。 

 

 

 亜美と圭司は同棲していた。

「圭司ちゃん。おはよう」

 いや、同衾していた。

 黒く鈍色に光る髪が少し鬱陶しかった。

「おはよう」

 判りたくない事がわかったが、亜美の異常に多い髪の毛が圭司の体や顔にちくちくと攻撃して、ろくに眠れなかった。

 特に触覚が眼をちくちくと刺しに刺しに刺しまくって背中を向いたら背中を刺す。

 亜美の髪の毛は異形が取れても凶器だった。

 圭司はまだ眠い体を持ち上げて、大きな欠伸をかく。

「眠そうなの、圭司ちゃん」

「亜美ちゃん・・・髪、切らないかい?」

 ここ最近は何とか我慢してきたが、もう限界である。

 全身痒くてたまらないのだ。

 亜美は笑いながら、しかし威圧に満ちた表情で答えた。

「イヤなの」

 それ以上圭司に文句は言えなかった。

 ふと、時計を見る。

 12時を指していた。

 最近とみに起きるのが遅い。

 まるで学生時代に戻ったかのようだ。

 学生時代?

 学生!?

「って、亜美! 学校はどうした!?」

 亜美は臆する事もなく平然と答えた。それは圭司のある意味では予想通りの、しかしその通りだった場合非常に問題のある答えを。

「サボったの」

「アホたれーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 白雪亜美。

出席日数が着実に危険区域に達していた。

余談であるが、すでに3ヶ月の拉致により出席日数の臨海に達しており、補習と追試によって2学期はギリギリで攻略しており、当たり前であるが3学期は1回だって休めないという非常にシビアな状況にいる事の自覚が完全に欠落していた。

 

 

       

ルーシアはついに偉業を達成した。

英国から、全ての異能、異形を抹殺した。

異能総数6310人。異形総数363体。その全てを抹殺した。

その際に無関係な市民を2000人近く殺してしまったがルーシアは気にしない。

ルーシアはその偉業とそのやり方から粛清女王と呼ばれるようになった。

その偉大な功績と、既知外な手法は本局で疎まれた。

本局からルーシアの解任が言い渡され、しかし一応局長だったため首にはならず、閑職になった。

まあ、英国に異能も異形も0なので、もはや何の仕事もないのだが。

とりあえず、新しい局長の方針により、止めどなく出没する幽霊の駆除と異能の来訪の阻止に重点を置くらしいが全く持って無駄な事。

ルーシアはいずれ倒壊するであろう英国支局を侮蔑した。

 

 

 

 レクリエールは疲れていた。

 安楽椅子に座り、自宅のバルコニーから町並みを見下ろしながら、郷愁の念に耽っていた。

 思えば10歳の時に父親に無理矢理異能化されられ、隠老隠寿を得た。

 それからは、周囲に疎まれ、蔑まれ、学校にも行かなくなった。

 14歳の時に異能協会に入らされ、小間使いみたいな事をしてきた。

 20歳になって初めて出世というものを体験した。

 男女不平等であった当時において6年間の小間使いから、一つの研究機関の主任になったのは異常と言って差し支えない。

 ましてやレクリエールは無学の徒だ。

 本人は一生小間使いで終ると思っていたのだから。

 しかし彼女が主任になったのには理由があった。

 その機関は異能の実験室で彼女は人体実験の対象になっていた。

 父親の差し金だった。

 まさに人非人だと思う。

 しかしその時の実験によって集約を得た。

 何でも父親は一人っ子だったレクリエールを会長にさせようと画策したらしい。

 本人から言わせれば、大きなお世話である。

 当時の会長の規定は野良異能(当時協会に属さない異能をそう呼ばれていた)、協会内の異能全ての頂点に相応しい者と定められていた。

 だから2つの異能という、天然の異能では事例がないことをさせられ、しかもランクの高い隠老隠寿と集約をつけたのだろう。

 事実32歳の時に会長になった。

 わずか18年で会長の座に昇りつめ、その2年後あの事件が勃発した。

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 思えば悲惨な人生だった気がする。

 もう少しマシな人生がよかった。

 一生涯独身で、下半身が動かず、こんな容姿で、化物や人間を抹殺する仕事を70になった今でもしているなんて悲惨もいいところだ。

 レクリエールは乾いた笑みを浮かべる。

「これで地獄に落ちたら・・・本当に救いがないですよね・・・」

 レクリエールは無神論者であるが、初めて救いを求めた。

 もし神が平等であるのなら、この願いは、無下にしても無視はすまい。

「神よ・・・私をお救い下さい」

 レクリエールはそのまま眠りについた。

 

 

 

 高也は久しい休暇の中にいた。

「ずいぶん傷癒えたね」

 シャトーが茶を片手に姿を現す。

「ま、しばらく安静にしていたからな」

「ふん、無謀な真似をするからこうなる」

 シャトーは高也を侮蔑した目で見る。

 途端、シャトーは後ろから軽く小突かれた。

「こら、高也はわたしを助けてくれたんだからそんな事言わない」

「はいはいごめんなさいね」

 高也はお茶をすする。

「そういや水村さんは?」

「何でも新しく注文した武器の手入れをしてるとか」

「はっ」

 高也は鼻で笑った。

 

 

 

 ふと、空を見る。

 空は霹靂とも言うべき晴天で、世界を浸透させた。

      

 

 

 



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