白雪亜美。 

 黒く、鈍色に光る髪を腰下までなびかせ、加えてそれに匹敵するほどの長さの2本の触角をたらしている少女。

 ネグリジェ姿なのはずっと檻の中で生活しているためだろう。

 ただ、そのネグリジェも真っ黒なので漢字で書くととてつもなく難しいあのカサカサという音が最もよく似合う台所の王者。古生代の頃より跋扈していた藤子漫画で出ていた言葉を用いれば『ラ・クカラチャサピエンス』と名高いあの生物を彷彿させることうけあいだ。

 基本的に亜美はその苗字に似つかわしくなく黒が好きである。

 それもかなり極端なレベルで。

 ゴキブリと称され愛されつづける台所のマスコットのような姿をしてはいるが、今や亜美はかつてのカサカサ性は微塵もなく、その黒と能力ときたら死神と言った方が正しいだろう。

 そんな亜美は圭司と会話に興じていた。

 昼と夜は研究員の慰み者にされているため、圭司とは深夜から朝にかけての出会いということになる。

 亜美に植え付けられた異形、地底怪獣ドグラマグラは夜行性のためか、日中、亜美は眠りこけている。

 その間に研究員が様々な実験を行うのだ。

「圭司ちゃん・・・今日は・・・昔話をきかせてあげるの」

 亜美がコーヒーを啜りながらそう切り出した。

 圭司も檻の傍に椅子を置き、そこに腰掛けながらコーヒーを啜っている。

「へえ、それは気になるな」

 亜美はコーヒーをテーブルに置き、徐に冷蔵庫から取って置きの杏仁豆腐を2つ取り出す。

 それはフルーツ入りアーモンドゼリーの類ではなく、真性の寒天100%の真っ白いゲルである。

 亜美は杏仁豆腐といえばこちらのほうが好きである。

 その杏仁豆腐の一つを窓越しに圭司に渡す。

「はい」

「ありがと」

 コーヒーを机に置き、杏仁豆腐を受け取る。

 圭司は杏仁豆腐をスプーンで掬い、口に運ぶ。

 この薬味と甘味が実に美味い。

 ちなみに当然の事であるがこの杏仁豆腐は圭司がわざわざ買いに行ったものである。

 亜美は杏仁豆腐を口に含みながら話し始めた。

 

 亜美は元々ただの人間だった。

 特殊能力など何一つ所有していない普通の人間。

 黒く鈍色に光る髪と黒いドレス。

 何故かドレス。

 何でも黒い服は占いで不吉とでてしまったので黒はドレスと喪服しか着なくなった。

 それ以前は日常常に黒一色であった。

 ちなみに占い以降外出は当初、喪服を着用していたが、周囲の目と夏暑いという理由で大枚叩いてドレスを購入。

 問題は着るのが面倒くさいのと周囲の目がより一層酷くなっていると言う事。

 ・・・どこか亜美はボケでいた。

 ちなみに敢えて言うがドレスも喪服も服には違いなので不吉には全く変わらない。

 いつしか周囲の人々は彼女を奇異の目で見るように・・・というより元々奇異の目で見ていたのだが、くわえて周囲の人々は軽蔑の意味をたっぷりとこめて彼女の事をこう呼んだ。

 ゴキブリ女と。

 さてそのゴキブリ女こと白雪亜美は黒に包まれる日常が好きだった。

 いうまでもないがコーヒー党だ。

 あたりまえだがブラックだ。

 しかし徹底性でいうならば何年連載すれば気が済むんだと突っ込まずにはいられないトチ狂った警官が主人公の漫画がまだ二桁・・・というより常識的な巻数だった頃、色を徹底したマンションの有象無象が大量に登場した話にでてくる黒一色の男に比べればまだまだ同情の余地があるレベルの徹底さだ。

 今日も今日とて亜美は黒まみれで外出する。

 そんなある日、運のつきとも言える日が訪れる。

 ちなみに亜美の両親は片方が離婚しており、もう片方が海外にいるらしい。

 したがって誰も止めるものがいない。

 

 つまり、拉致されても誰も困らない。

 亜美はその夜寝付けなかった。     

「・・・眠れない」

 苛立ちを隠す素振りも見せずベッドから起き上がり、夕涼みをしようとちょっとだけ外に出た。

 もともと彼女一人しかいないのだから誰に気を使う必要も無い。

 秋の風は少し冷たかったがそれでもまだ風邪を引くほど寒くは無い。

 亜美の家は郊外にあり、近くには森があった。

 なんでも熊がよく出没するらしく、ごくたまニュースになっている。

 そんな森の入り口に差し掛かったとき、変な窪みを見つけた。

 窪みというより洞窟だ。

 なぜかその洞窟に人の声が多数、聞こえた。

 よくその窪みをみると遥か彼方にぼんやりと光の残滓が見え隠れする。

 亜美が驚いたのは人が居る云々よりも目も眩むほどに遠くまでこの洞窟が繋がっている事に驚愕した。

 ほんの少し覗いたら帰るつもりだったのだ。

「まあ、ちょっとくらいなら・・・」

 しかしそれがまずかった。

 洞窟は本当に長かった。

 果てしないという言葉がこれほど似合う場所も珍しいくらいだ。

 何qあるのか理解できない。

 富士山を逆さにしてもまだ長いかもしれない。

 それくらいの長さ。

 日本が浮島ではないことを痛感できた。

 そしてその果てにある大空洞で、亜美はとてつもないものを目撃した。

 大量の人間が異質かつ無骨な『兵器』をもって5mはあるであろう巨大生物を殺しているという奇怪極まる光景を目の当たりにした。

 その光景は生まれ出でてからずっと世界を見つめるために大活躍してくれた偉大なる相棒、その力量といったら人生の80%は補佐してくれた名脇役。一生涯のパートナーに相応しい、自分の目という大親友を始めて疑った。

「な・・・・・・う、嘘?」

 その陰惨極まる世界に溶け込む事など不可能であり、案の定人間共に発見され、拉致された。

 

亜美が気付いた時には無骨な檻に入れられていた。

箱の中に何も無く、冷たい冷気に満ち溢れた狭い地獄。

その世界に押し込まれ、その挙句恐ろしい事をされた。

 ある研究員同士の会話だ。

「さてどうするかこいつ?」

「このガキ? 別に異能でもなんでもないクソガキをどうして保管しなきゃなんねえんだ?」

「知らねえよ。執行課の連中が持ってきたんだ。・・・使い道ねえよなあこいつ」

「異能じゃないから解剖してもしょーがねえし。そもそもこんな青臭いガキは俺の好みじゃねえ」

「・・・ふむ。こいつで人間爆弾でも作るか?」

「阿呆か。そんなんだったら原子力の制御棒にしたほうがましだ」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「「使い道ねえよなあ・・・」」

 二人の研究員は同時に深いため息をついた。

「じゃあこっちどうする?」

「ん? ああドグラマグラか。これは色んな使い道があるだろ。まずは体毛の解析だな」

「ブゥーンって音がするかもな」

「呉か。どっちかというとモヨコより教授のほうが・・・」

「アレ読んでると木魚がほしくなるよな」

「そうか? というかそっちのはドグラ・マグラじゃねえか」

「ああ、そうだな。同名だからつい・・・な。・・・・・・」

「どうした?」

「今、思ったんだがそこのガキとドグラマグラを融合させてみないか?」

「融合だと? 人体融合は確立が低いぞ。異形融合と違って『合わない』からな」

「問題ねえだろ。どうせふって湧いた実験体なんだから失敗したって損失はねえよ」

「・・・それもそうだな。よし、融合させるか」

「じゃあ早速準備しよう」

 その後、亜美がどんな目に遭ったのかは想像に難くない。

 その結果は奇跡的なほどに大成功だった。

 しかし損失としてはただせさえアブナイ人間だった亜美の精神がさらに汚染された。

 その後、研究室のベッドで放心しているところを圭司が発見した。

 圭司はその時の事をおそらく一生後悔するに違いない。

 何故あの時亜美と一緒に逃げなかったのか。

 あれこそ千才一隅の大チャンスだったのに。

 事実あれ以来まだ一度も脱出のチャンスがない。

 その代わり、亜美は圭司の貢物によってゴージャスな生活を送るようになった。

 圭司の行動は研究員に奇異の目で見られることになったが特にお咎めはなかった。

 逃亡さえ、させなければ良しという結論によって。

 異能研究課長によってこの行為は受理された。

 一応異能部長の耳にも入ったが全く気にしていない模様。

 圭司としては一緒に逃亡した気持ちで一杯なのにさすがにそれは叶わなかった。

 研究室はどこまでも薄暗かった。

 

 

 

 さてその頃IEEO日本支局の9階にある部屋に高也がいた。

 言うまでもなくここは支局長室。

 高也とシャトーは仕事をしていた。

「何? 現在研究中の『幻想神秘』の発明に成功した?」

「うん。でもまだ試作段階で当用は不可能。失敗率も高いからまだ駄目だね」

 シャトーがつまらなそうに報告書を朗読する。

 それは現在各国のIEEOで極秘に研究されている異能科学の発明『幻想神秘』。

 異能封じ以来の大発明と謳われ、その注目度は原爆開発に躍起になった各国と同レベルといえよう。

 異能封じとはその名の通り特殊な力を束縛するものでその元素はちいさな粒子の集合になる。

 最近における全ての対異能武器、兵器にはこの粒子が内包している。

 しかも異能封じは基本的な異能であるならば遜色なく束縛が可能。

 対して幻想神秘とはその全く逆で『異能をコピーする道具』になる。

 研究自体は異能封じの完成直後に行われていたのだが何十年経っても成功の兆しが見えず、ほとんどの研究者は放置し、凍結されていた。

 当初、成功すればエネルギー開発、戦争兵器、医療手段などそれはそれは多種多様な利用法に各国が発奮したのだが、その開発の困難さに辟易してしまった。

 原理は異能封じの真逆なのだから理論上は可能だと思われていたのだが、それは机上の空論で実際には不可能な芸当だと判断された。

 だが、研究自体は各国で遅々としても進み、凍結されていた研究機関も少しずつ解凍していった。

 何故か。

 それは米国で異形『ミラーキャット』の拿捕に成功したためだ。

 それにより開発は飛躍的に発展し、ついに試作とはいえ発明に成功した。

「どうする? 研究所に赴く? それとも呼びつける?」

「どこの研究所だ?」

「鏡猫を拿捕した研究所」

 冷たく言い捨てるシャトー。

「・・・諦めよう」

 高也は引きつった笑みを浮かべて拒否した。

「え? バクスター・ホックニ―に会わないの?」

 シャトーはわざと卑下た笑みを浮かべる。

「シャトー・・・」

「冗談冗談。わたしもあいつは大嫌いだ。だってあいつは」

 シャトーの言葉を遮って高也が言う。

 その表情はすごく悲痛で、今にも消沈しそうだった。

「言うなシャトー」

 

 

 

 風倉家では菓子と他屋が呑気に昼飯を食っていた。

 今日の昼は鍋焼きうどん。

「ねえ他屋」

 菓子がうどんを啜りながら話し掛ける。

「何?」

「ずっと疑問に思ってたんだけど」

「だから何?」

「何で他屋の弟くんはこんな辺鄙な所に家建てたの?」

「・・・・・・・・・・それは言えない」

 そう、言えるはずが無い。

 毎日温泉に浸かりたいからこんな所に家建てたなんて口が裂けても言えない。

 

 昼食後、菓子は自室に戻った。

 菓子は部屋の中に飾ってある我がコレクションに見惚れていた。

 ガラスケースの中に飾られた非合法の山。

 金庫の中に隠してある非合法の塊。

 非合法、非合法、非合法。

 そんな非合法に満ち溢れた、言うも困惑する程の特殊な部屋だった。

 その非合法は麻薬ではない。

 世界2位の密輸商品であるところの麻薬には該当しない。

 それは世界史上に潸然と輝く大いなる発明品。

 世界第1位の密輸商品にして誰もが一度は欲しいと思ったに違いない人類を魅了してやまない虜製造機。

 菓子のショーケースに飾られた中にはよく日本で見かける拳銃『トカレフ』や世界最悪と名高い『94式』北朝鮮のトカレフと名高い『68式』有名なソ連の凡用機関銃『PK』世界一安価な銃『ステンガン』アメリカのグレネード『M79』などやたら古臭いものからどこで入手したのか気になるものまでの銃器がまず部屋に入って左側に飾られ、右側には『大般若長光』『虎入道』『三日月宗近』『日光助眞』などの日本刀から『フランベルシュ』『ツヴァイハンダー』『クレイモア』に剣の王様と名高い『ティソナ』にその姉妹剣『エル・シド・コラータ』などの剣類が掲げられ、金庫の中には『ポテトマッシャ―』『赤い悪魔』『97式』と言った手榴弾が保管され、正面にはこれ見よがしにでかでかと小型ミサイルが飾られている。

 どこで入手したのかはとりあえず置いておくとして、大地震や火事が起きたらここら一帯が大爆発は必至である。

 文字通り爆弾を抱えているのだから真剣に考えて夜も眠れない。

 とりあえずどこで入手したかは沈黙するとしても、それだけの物騒な兵器や武器の数々を購入する資金があることが一番の謎である。

 はっきり言って菓子の給料はそれほど高くない。

 年1回賞与があるが、それでもこんな数々の武器を購入できるほど凄くない。

 水村菓子の実家は別に資産家なわけでもない。

 風倉家の住人の最大の疑問である。

 最後にどこで入手したかも誰にもわからない。

 

 

 

 ここは異能研究室。通称『異研』

 圭司はいつものように亜美のもとへ向かっていた。

 

 亜美は髪の毛をいじっていた。

 地底怪獣ドグラマグラの能力をもつ少女。

 正確に言うとドグラマグラの体毛を頭皮に植え付け、合成させた際に誕生した能力。

 その結果ドグラマグラの能力が劣化した、よく言えばコンパクトになった力。

 

 異形とは何か。

 早い話『超能力を使う動物』である。

 精密に言えば全くもって違うのだが、ニュアンス的には近いので問題ないだろう。

 ただ中には動物でない奇怪な生物や、特殊能力をもたないいわゆる『怪物』も立派な異形に該当するのでどちらかというと『地球上に存在してはおかしい生物』と定義するべきだと思われる。

 無論であるが明治の世ならいざ知らず、地球の隅から隅まで探し尽くし、その結果、地球上に生息する生物の大半を熟知している人類史上に、異形などという化物が昂然と跋扈するわけがない。

 異形をただ一言、新種の生命体と定義してしまえばそれで済むのだが、それだとその数の少なさからワシントン条約に抵触する確立は未知数である。

 しかも、異形のほとんどが生態系を無視した生物ばかりで、空飛ぶ犬やミラーキャットのような超能力をもった既存の生物は極稀である。

 それは人類の中にいる超能力者の比率の極小さを鑑みればすぐ理解できることだろう。

 それでも異形が跋扈しているのには当然誕生から特殊なものが多く、百鬼夜行の如く物質から具現した想念の類から研究室で製造した人工生物、どこぞの馬鹿が召喚し、結局扱いきれず野良異形になった幻想生物、堕天使の如く人間や動物が堕ちに堕ちて領域から出奔した場合など、まともな理由がない。

 当然まともではないのだから、まともな生物であるはずもない。

 特にたちが悪いのは生物の領域を超越した異形である。

 悪魔、神、鬼、竜といった幻想異形。

 いったいどうやって召喚したかが謎であるが、異能封じを発明するまでは実に危険な駆除であったことは疑い様が無い。

 しかし異能封じによって野良になった悪魔や神は絶滅に成功し、現時点で地球に生息する神は皆無で、悪魔の類は神話から召喚した幻想種は存在せず、地球から誕生した仏教観念の悪魔しか現存しない。

 ちなみにどうでもいいが、神同様悪魔も宗教によってその様相が違い、仏教観における悪魔とはランクが低く、概念から具現した類のものになる。

 では、地底怪獣ドグラマグラとはどういった異形だろうか。

 全長5m、重量850s。

 容姿、毛むくじゃら。

 体毛、茶色。

 通称、歩くミキサー。

 媒体、合成生物。

 特殊能力概要、全身の体毛を鋭利な刃物に変換する能力。これにより移動行為そのものが破壊行為となり、その刃毛は戦車さえも破壊するほどの破壊力と機関銃さえも弾く防御力を持つ。刃の成分は特殊元素の集合。

 駆除手段、異能封じを施した網で束縛し、毒ガスを散布。意識が混濁した後、カノン砲で集中砲火。

 死体、完全な破損には至らず、四肢が千切れただけ。その後、そのパーツを研究機関に売却。

 

 亜美は髪の毛をいじくっている。

 現在亜美の髪の毛はドグラマグラに汚染されている。

 その汚染は神経にまで達し、亜美の生態を狂わす。

「熱いの・・・」

 全身が火照る。

 衝動が大きい。

 亜美は異能ではない。異形である。

 基本的にIEEOの連中は須く異能を軽視する。

 ドグラマグラの駆除手段から窺えるように生物を殺す道具は巷に溢れまくっている。

 異能がどれだけ強大な能力を保持していようとそれは人間であり、拳銃一つあれば殺せるのである。

 無論、中には刀侍真弓のような化物もいるが、おそらく彼女ですら毒ガスを散布すればあっという間に殺す事ができるだろう。

 所詮、人間などその程度でしかない。

 しかし、異形は違う。

 強大な異形のなかには毒ガスはおろか、核ミサイルさえも通用しないものさえ存在する。

 史上最悪の異形である月草がそれにあたる。

 くわえて異形とは基本的に未知の生物であり、その潜在能力は計り知れない。

 ともすれば、IEEOの連中が重視するのはどちらか想像に難くない。

 少なくとも現実にはウルトラ・スーパー・デラックスマンなる既知外的な存在は、有りえないのだから。

 ・・・どうでもいいがカイケツ小池さんとウルトラ(以下略)は主人公の名前が違うが別の作品なのだろうか?

 まあ、どうでもいい話である。

 亜美は異形である。

 中途半端ではあるが、異能ではない。

 亜美は半怪半人とでもいうべき存在であるからだ。

 ミノタウロスのようなものだとご理解頂きたい。

 それ故か、生贄を欲していた。

 亜美の中に猛烈な怒りが宿っていく。

 自覚こそないが、とにかく怒り溢れていた。

 亜美は熱い。 

 とにかく熱い。

 亜美は檻の中を隈なく捜し、隙間を見つけた。

「あったの・・・ここなの・・・」

 その瞬間、亜美の髪の毛が逆立った。

 ぞわっと恐るべき擬音を立て、髪が黒い炎となって檻の中を焼き尽くさんとする。

「ふふふ・・・切るの・・・切るの・・・切断するの・・・」

 亜美の目がおかしい。

 異様に赤い。

 ついにドグラマグラが眼球を汚染したというのだろうか。

 亜美はゆっくりと己が髪の毛を一本引き抜いた。

「・・・っ」

 ちょっと痛かった。

 するとその髪の毛はみるみるうちに変貌し、2mくらいの長さを誇る大鎌になった。

 その鎌と亜美の姿はもはや死神そのものである。

 亜美の能力。

 それは髪の毛を抜く事で好きな大きさの鎌に変換することができる能力。

 無論鎌の刃は戦車を断ち、機関銃を弾く、あの刃である。

「うふふふ」

 実に不気味な笑い声を上げながらゆっくりと鎌を振りかぶる。

 明らかに10sは余裕でありそうなその鎌をまるで髪の毛を握るが如く軽々と持ち上げる。

 当然であるがこの鎌は重い。というより重くない刃物は断てない。

 亜美は思い切り鎌を振り下ろす。

 鎌は一直線に檻の隙間にある閂を切断する。

 まるで黒い線。

 真っ黒な鎌は鎌首を擡げた。

 亜美は檻を蹴飛ばすと鍵のない檻などすんなり破壊された。

 亜美は数ヶ月ぶりの檻の外に出る。

 実に気持ちがいい。

 ふと後ろ、今まで自分を束縛し続けた白い箱を見やる。

 そのあまりの無残な末路。

 白雪・ドグラマグラ・亜美は笑う。

「ふふふふ・・・これで殺して・・・殺して、殺して・・・殺して・・・殺す事が・・・できるの」

 その目は明らかに狂気を宿していた。

 ふと、実験異形を見つめる。

 その目は恐怖に満ちていた。

 笑う。

 愉快そうに笑う。

 大きく鎌を振り上げる。

「まず・・・最初なの」

 その死神の鎌は檻ごと実験異形、バックベア―ドを殺害した。

 笑う。

 とても愉快だ。

 周りの異形を見る。

 みな一様に怯えていた。

 どうやら人間と違い、そこらへんの危機感はちゃんと感じているのだろう。

「次・・・殺すの」

 その死刑宣告の後。

 異形は皆一様に無様な悲鳴を上げた。

  

  

 

「亜美ちゃ〜ん」

 圭司が気軽に異研に入る。

 途端、腐敗の臭いが鼻についた。

「うっぷ」

 一瞬吐きそうになったがすぐさま冷静さを取り戻し、この臭いの元を探る。

 必要もなかったようだ。

 何故なら大量の異形の死体がそこらかしこに散乱し、天井にまで血がこびりついているのだから。

「・・・・・・・・」

 圭司は絶句する。

 一体この惨劇はなにがあったのだろうか。

 異形は皆等しく切断されていた。

 一刀両断に真っ二つにされたものからバラバラにされたものまで多種多様だ。

 しばしその惨状に目を奪われていたが、亜美の安否が気になり、異形の死体をよけながら亜美の檻へと走り出した。

 亜美の檻は破壊されていた。

 亜美はいない。

「亜美ちゃん・・・」

 圭司はぽつりと呟く。

 亜美はいない。

 しかし不思議なことにこの檻だけ破壊されていても分断されていない。

 閂を破壊し、脱出しただけに見える。

 もう、何がなんだかわからない。

 圭司の頭脳には亜美が脱獄し、異研の異形を皆殺しにして悠々と去ったという選択肢は想像だにできなかった。

 圭司の頭は完全にバグっていた。

 その足元には亜美によって無残に殺された異形、ダイダラボッチが転がっていた。

                     

 

 

 異能、異形における駆除基準。

 異形の場合は存在を確認された場合即抹殺なのだが異能の場合は異なる。

 なぜなら異能は人間であり、社会的地位を持ち、戸籍を持ち、財産を持つからである。

 したがって異能の駆除基準は『異能による犯罪を確認された場合』に限る。

 要するに『疑わしきは罰す』という事だ。

 その徹底さは結構極端でかつて財閥の総帥が異能を使ったとの嫌疑により暗殺してしまった事があるくらいだ。

 ところがこの場合の立場が異形だと異なる。

 異形の中には組織を持つものがある。

 いわゆる知的異形。

 その代表例が吸血鬼にあたり、彼らは独自の縦社会を形成し、人類と反目している。

 マフィアのようなものだとご理解頂きたい。

 彼らの常識では血の契約を交わした者はどんな生物であれ皆吸血種・・・すなわち同胞であり、1世紀前のユダヤ人のように国家を持たない帝国を形成している。

 くわえて吸血鬼はその弱点から単独では行動せず、人間社会に溶け込み、事が起きたら人間社会内部から破壊するように時限爆弾の役割を持つ。

 容姿が人間である以上確認は極めて困難であり、まさか踏絵をするわけにもいかないので平然と跳梁跋扈している。

 したがって人類は吸血種の生物を発見した場合、相手の格によって駆除の有無を決定する。

 この吸血性縦社会には帝国と称されるようにランクがある。

 最上位に位置する皇帝から1ランク下の王、そして公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった貴族を始め、労働者階級・・・いわゆるプロレタリアートに、下賎の輩に奴隷階級と極めて厳しい2世紀以上昔的の超過去的な絶対封建社会を形成している。

 基本的に貴族以上の階級は特別な事情を覗いて駆除はせず、プロレタリアートは異能扱いとし、疑わしきは罰しても疑わしくないのは罰さない。そのため下賎、奴隷階級の連中のみ即駆除OKということになる。

 結構気を使う異形になる。

 また、人間の手によって絶滅した異形もおり、大型異形や神話系列の神、悪魔の類は地球上から抹殺されている。

 ちなみに大型異形の基本的な大きさは怪獣映画にでてくる連中並であり、10m以下の大きさは中型異形とされる。

 まあ、出る杭は打たれるようにでかい異形は完膚無きまでに皆殺しにされてしまうのだ。

 




回帰