風倉高也は初めての幹部会に大いなる緊張を抱いていた。
異例のスピード出世というどこにでもありふれたものだ。
ありふれていないから異例と便宜するのだが、実際はどこにでもいるので異例というのはただの虚栄だろう。
特に公務員の類は山程スピード出世するキャリア組なるものがいるではないか。
だからこそ、キャリア以外に出世は困難なのであろうが。
高也はこの冬IEEOと呼ばれる組織の日本支部局長に抜擢された。
高也は16歳で大学に進学し、大学卒業後、わずか4年で日本支部の局長になった。
昨今の企業の御曹司でさえ、もう少し長いであろうに。
ちなみにIEEOは日本支部だけで社員1000名を越す巨大組織だ。
ましてや屋敷家のような末端の下請けを含むと何万に及ぶか想像もつかない。
そんな巨大組織のボス・・・・・・といってもただの支部局長なのだが、それでも1000人の頂点にたったのが24歳の若造というのなら極めて異例といえよう。
なるほど確かに高也は異例だったようだ。
そして今高也はIEEO本局の会議室に腰をおろしていた。
場所はローザンヌというスイスの町にあるらしく、近くに国際オリンピック委員会が点在する。
会議室は薄暗く、窓一つ存在しない。
広さはだいたい160畳近く。
かなり広い。
高也はその末席にちょこんと座っている。
日本じゃ奇跡的なエリートでも本局ではただの新参の幹部でしかない。
会社でいえば平取程度の地位なのだ。
この暗い会議室の上座に車椅子に座っている一見幼女に見えるのが御年70歳になるIEEO長官、魔女レクリエール。
「では12月の異形報告の提示を」
レクリエールが流暢なフランス語でそう言った。
ご存知とは思うがスイスでは4つの言葉(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)が使われている。
ローザンヌはフランス語圏内なので当然フランス語で会話が行われる。
IEEOでは月に一回異形、異能に関する報告書を提示しなければならない。
高也はフランス語はあまり得意ではない。
(どうしようか・・・)
高也は大学では異能科学と呪学を専攻し、語学はドイツ語を習得していた。
ちなみに日本に異能科学や呪学を学べる大学は一箇所しか存在しないため偏差値70とべらぼうに高い『伺候大学』に通った。
これには意味がある。
たとえば警視庁では法学卒がエリートであるように、IEEOでは異能科学卒がエリートなのだ。
ちなみに伺候大学はIEEOが経営する大学であり、歴史は100年と古い。
100年前IEEOの全身『異能協会』が『民間人にも異能を学べるように』という建前の元、世界8箇所に設立した学校がそれにあたる。
さて、高也の番が廻ってきた。
高也はフランス語で書類を読み上げていく。
日本における異形率は低い。
現在確認されている異形の一例として吸血鬼、八俣大蛇、悪魔、鍋島の猫、空飛ぶ犬、等があげられる。
それに反比例して異能率は世界最高水準である。
数の上よりも密度が世界一なのである。
とくに天地県における異能率は世界最大の15%。
6.6人に一人の割合で異能というのは異常といってさしつかえない。
「待て、グリモア・ラスボスはどうした?」
そう声が響いた。
その声の主はレクリエールの右側にひとつ前の席に踏ん反り返っている中国人、鈴検孫。
「魔界の大総裁に用は・・・」
「黙れ、誰がグラシア・ラボラスの話をしているか。基督教の悪魔に用はない。そんな実在しない異形ではなく、実在する異形だ」
高也は異形の名前を間違えたようだ。
そもそも名前が似ているのだ。仕方ないというもの。
ちなみにIEEO内でもよく間違えられる。
くわえて魔術書とも同名のため、非常によく間違えられる。
とどめを刺すとグリモア・ラスボス自体何故か上層部にだけは非常に有名なのだが、逆に末端にはこれっぽっちも知られていない非常にマイナーな異形である。
高也もかろうじて名前を知っている程度しかない。
しかし何故か上層部には有名なのである。
高也が困惑していると鈴の対極に座っているハウゼンバッハ・ミュンヒグラードが救いの手を差し伸べた。
「待つがいい。グリモア・ラスボスの所在が極東とは限るまい」
「何だと貴様。極東の前任が最後に報告したものに提示されていただろう」
「あれは変化異形であってグリモア・ラスボスという明確な証拠はない」
「それは前任がサファイアを確認してないからか?」
「そうだ。グリモア・ラスボスであるならばサファイアが確認されるはずだ」
高也には何がなんだかわからない。
あまりに会話が突飛過ぎて困惑している。
ちなみにこの二人は時次期長官候補であり、一言で言って犬猿の仲である。
当然派閥も存在し、鈴が過激派、ハウゼンバッハが穏健派と受け取っていただきたい。
ただ、昨日支局長になったばかりの高也にはあまり関係がない。
(う〜ん、わからん)
高也は終始首を傾げていた。
「話の内容がわからないって顔してるね」
するとそんな声が聞こえてきた。
100人近い幹部達の中からそんな声が聞こえる。
となると近くにいる人間だと判断した高也が首を回す。
そこには高也より2つばかり若そうな女が手を振っていた。
とりあえず会釈する。
「新参者にはグリモア・ラスボスがわからないかな?」
高也は少し困惑した表情を浮かべる。
「名前くらいは知っているが」
「下手くそな仏語だね。・・・英語で話そうか。じゃあグリモア・ラスボスってどんな異形か言える?」
高也は返答に困った。
あれこれ考えていると女が答える。
「捕らえれば億万長者になれる異形」
「は?」
高也が停止する。
「オナシスもびっくりだよ」
本名『アリストテレス・ソクラテス・オナシス』。
モナコ公国を購入し、1000億もするクルーザーを作り、ジャクリーンと結婚し、晩年にはセロテープがないとまばたきすらできなくなった超大金持ち。
「ルーシア、黙れ」
女――ルーシア・セモイラのすぐ隣に座る男、オーベス・マインベルクがそう指摘した。
「ごめんね。じゃあ」
ルーシアがそう言って再び高也は取り残された。
昔、異能協会という組織があった。
異能協会は1000年以上の歴史を誇る、魔女の集団だったという。
正確に言えば『弱者の集団』である。
魔女がどれだけ人と違う力を持っていたとしても。
猛り狂う人の力には敵わない。
だから、魔女は団結した。
しかし1000年を遥かに超える長い歴史の中で。
異能協会は人間に支配された。
人間が魔女を皆殺しにし、異能協会を乗っ取った。
いつしか異能協会は当初とは間逆の存在となった。
弱者の集団が強者の集団に。
世界を支配したともいわれ、魔女共から奪い取ったその英知を駆使し、人間は異能を操作できるようになった。
しかし不思議である。
異能協会の連中は100頭の獅子であるというのに、人間共は100頭の羊でありながら、猛り狂う獅子を撃滅した。
それは、率いていたのが1頭の羊に率いられていた獅子と、1頭の獅子に率いられた羊の違いだろう。
十羽一絡げの羊は、ついには超能力で世界を支配する獅子に打ち勝った。
人間は団結し、魔女という獅子を抹殺した。
これが、現在の異能協会たりうる経緯であり、またその人間の力も、月草という史上最悪の異形に滅ぼされるのだ。
如何に羊が獅子を倒しても、羊では竜には敵わない。
異能と異形は違う事を。
幾万の犠牲の果てに学んだ真理である。
会議の後、高也は急いでいた。
高也はわき目もふらず一目散に本局から飛び出す。
突如、陽光が和信を差し込んだ。
ぎらつくように煌く嫌がらせのような太陽。
高也は一瞬そんな陽光に目眩を憶えたが、すぐさま走り出した。
しかし時刻は無常にも10分の遅刻をありありと提示していた。
「シャトー、少し遅れた!」
シャトーという何かワインが飲みたくなるような名前の少女に声をかける。
その少女は外見こそ10代前半の容姿をしているが列記とした20代であり、高也の秘所を務めている。
「遅いよう・・・まあいいからとっとと帰るよ」
シャトーはあからさまに不機嫌を前面に出した様相でため息をついた。
実に態度が悪い。
二人は車に乗り込む。
「ん」
途端、シャトーがピースサインで手の甲を高也にむける。
高也は一瞬すごく不快な顔をする。
このサインが意味するところはおそらく一つしかないと思われる。
高也は懐から煙草を取り出し、シャトーに渡し、火をつける。
なんちゅう横柄な態度だろうか。
シャトーは基本的に口が悪く、態度が悪い。ただ、日本語は流暢である。
仕事は一応有能であるが、その他の悪さはどう考えても救いようが無い。
「今日は帰る日でしょうが。何いつまでもちんたらしているの?」
くわえて厚かましい事に高也の家に無賃で下宿している。
はっきり言って居候だ。
それなのにシャトーの愚痴は留まる事を知らない。
「何分待ったと思っているの。間に合わなかったらどうするつもり?」
この態度はどうかと思う。
「そういう言い方をするな」
「うるさい無能」
「むっ無能!?」
その一言は高也にとって再起不能一歩手前となるほどのとてつもなく巨大なショックを与えた。
高校には行かず、大検を受け、16歳で大学に進学し、成績はオール優で卒業し、体裁上の趣味は運動全般、芸術全般、料理全般と果てしなく、先代局長に取り入り、何と24歳にして支局末端幹部(平取と思っていただきたい)に就任した途端、日本支局を乗っ取り、なんと31人抜きで支局長に就任した今日び企業の御曹司でさえもう少し長いと錯視させるほどに奇跡的な出世街道を渡り、駄目押しのように家が裕福でメイドさん完備という、まるで奇跡が5重くらい重なった、この男の辞書にはおそらくどこを牽引しても該当しうるはずがない単語であるところの『無能』という語彙を自分に対してかけられたのだ。
ショックを受けないはずがない。
それもたった10分遅刻しただけで、だ。
無論、高也はプライドが高く、遅刻に対しては自分なりに嫌悪を感じてはいるがシャトーの一言で全く違う衝撃が加わり、おそらく自殺一歩手前の領域に侵入してしまったのではなかろうか。
実はシャトー・アウリエネスという女は待たされるのが異常なまでに大嫌いで、もしここが日本であったなら10秒の遅刻でも帰ってしまうだろう。
それが60倍もの時間を待つ羽目になったのだから多少はキツくいいたくもなるというもの。
それでも無能といったのは作為的なものではなく、何気ない一言である。
少なくとも雲隠市に住まう毒舌家とは全くの別物である。
しかし子供の何気ない一言でも心が傷ついてしまうように、ずけずけと無能などと言われればショックを受けて当然というもの。
判りやすく言うと幾度となく抱いた女に『短小』と言われた時と同じだろうか。
果てしない時間の末、高也とシャトーはやっと天地県若菜市に辿り着いた。
天地県若菜市。
天地県における二大観光都市の一つ。
しかしもう一つの観光都市、幻市が人口63万人の『都市』であるのに対し、若菜市はさびれた温泉街のようなもので人口はわずか1万のどが3つも4つもつくほどの超ど田舎である。
ちなみに地方自治法によって市と名乗るには人口5万人必須である。
そのため書面上では若菜市の人口は5万人である。
しかし恐るべき事に若菜市の人口の80%が山を一つ越えたところにあるため、事実上若菜市と認識される都市の人口は1万にすぎない。
困った事に温泉を引いているのはどういうわけか人口1万しか存在しない方で4万人が生息する山の向こう側においては一軒も温泉宿がない。
したがって、観光客は1万の方に集中する。
さらに嫌がらせのように若菜駅という無人駅は1万の方にしか存在せず、明らかに4万人が生息する山の向こうは人里から隔離されている。
というよりそもそも若菜市自体、前町長の頃は町であり、それを現市長が市にするために無理矢理山の向こう側の人口4万人の藤裏葉町と合併した。
そこまでして市にする必要があるのかどうか実に微妙なところである。
元々藤裏葉町は栃木県と群馬県の県境すれすれに位置しているため、わざわざ何十キロも離れた山の向こう側を利用する必要が無い。
その証拠に若菜市とは書面上の市でしかなく、おそらく天地県民の90%が若菜市の人口は5万と聞いたら生まれ出でてからずっと付き合ってきた頼もしい相棒である自分の耳を疑ってしまう事は想像に難くない。
そもそも若菜市が山の向こう側の盆地まで領土があるとは誰も思っていない。
おそらく現地の人でさえ、どれだけ説得しても信じてもらえないだろう。
否、なまじ山の中だけが領土であった町時代からの住人に、ある日突然山の向こう側の領土を手に入れましたよと言われてもピンとこないのだろう。
その証拠に未だに若菜市の住人は山の向こうを藤裏葉町と思い込んでいる。
逆に藤裏葉側の住人も、しょっちゅう書面上の若菜に誰もが戸惑っている。
そのため藤裏葉側は勝手に山の向こうの温泉街を『若菜上』こちら側を『若菜下』と定義することでようやくしこりがとれたようだ。
ただ、そのことを若菜上側の住人は誰も知らないし、天地県民は上側しか若菜市と認識していないため、事実上若菜市の人口は1万人なのである。
くわえて天地県自体総人口は682万人と日本4位の人口でしかなく、最大人口を誇る創造市でもたったの119万人である。
ともすればぶっちぎりでブービーメーカーの座に君臨する若菜市がどれほどの田舎かは想像に難くない。
しかしそんなど田舎にいっぱしの交通機関などあるはずもなく、電車は一本しかない無人駅に、さらに若菜市に電車で赴こうとすると県庁の夢産市から最低3回乗り換えをし、各駅停車で11個の駅を通過しなくてはならないため、死体を埋めるには恰好すぎるほどに人気がつかない。
そんな果てしない田舎に向かう手段は車しかないわけで、空港からゆらゆらと5時間も車の中に揺られている。
文字通り野を越え、山を越えての道のりのため地図上では判別しきれないほど時間がかかる。
本当に関東なのか。と疑問を抱く事うけあいの長い道を越え、初めて人口1万人の市なのかどうかもよくわからない超ど田舎に到着した。
せっかく1400万もしたお気に入りのメルセデスもボロボロである。
ちなみにコレが高也の御用達の車になる。
「サファイアに向かいますか?」
長い道のりを越えてくれた頼もしい運転手、東条未育が尋ねてきた。
未育はシャトーとは違い、年相応の容姿をしており、家は若菜市に点在するため居候でもない。
高也は転寝状態だったのをすぐさま起こし、正気を取り戻す。
「いや、家に向かってくれ」
「かしこまりました」
高也は大きな欠伸をする。
それくらい長い道のりだったのだ。
シャトーはすでに寝こけている。
風倉家はとてつもなくでかかった。
土地が安いせいか文句なしにでかかった。
家は現代様式であり、かつての貴族が住んでそうな洋館でも、武家屋敷を彷彿させる和式でもない。
土地はどうみても2000坪はあるのではないだろうか。住居はしかしこの広大すぎる阿呆みたいな土地に比べれば常識的で2階と3階が混ざった形の家でざっと10LDKといったところか。
家の価格は3億程度だろうがこの土地が実に曲者である。
風倉家は金持ちには違いないが度は過ぎていない。
資産は10億ギリギリあるかないかといったところ。
ぶっちゃけた話、高也の年収は4500万円とそこらの国家公務員と大して変わらない。
くわえて両親は他界しており、生活は全て高也の収入によるため、世に蔓延る成金共に比べれば極めて質素である。
とするならばこの広大無辺な土地は一体何であろうか。
つまり、それだけ、この若菜市における土地の単価が格安だという何よりの証拠に他ならない。
「シャトー、着いたぞ。起きろ」
しかしシャトーは目を覚ます気配はない。
「おいこら! 起きやがれこの居候が!!」
高也が怒鳴ってもシャトーはすやすやと安息をたてている。
それが、余計高也を逆上させる結果になってしまう。
「いいかげんにしろこのアマ!!」
高也はシャトーを張り倒した。
どうやら長旅で神経過敏になっているようだ。
「ん・・・う、うん・・・」
シャトーはようやく目を覚ました。
「やっと起きたか」
高也は不快な色を隠す事もせず、シャトーを睨みつけた。
「あ・・・着いたの」
「ったく。さっさと来い!」
どうやら神経はズタズタになっていたようだ。
5時間も車に揺られれば疲労も大きいというもの。
シャトーは大きな欠伸をしながら家にむかった。
その傲慢な姿勢が実に腹立たしい。
その直後、未育が高也に声をかけてきた。
「では局長。明日は7時半に参りますので」
「おう」
何か局長というと最終的に旗本まで出世したが結局は酒を飲み明かして処刑された口の大きなおっさんを彷彿させるがまあ、それはいいだろう。
ちなみに7時半という時間帯はここが郊外どころか過疎のしすぎで廃墟となりそうなところを温泉という金ヅルによってかろうじて維持されているほどの田舎であるからだ。
高也が別に仰々しくもないが平素でもない玄関ドアを開くと、突如として不機嫌を全開にしたような声が響き渡る。
「遅いぞ高也」
帰宅一番に耳にした言葉がそれである。
高也はその声の主を見つめる。
その声の主は25歳の女性であり、少し昔の、大阪で茶髪の女刑事が正義感を振りかざして活躍する漫画で25歳はおばさんという意見があるところを鑑みると若い女か熟女か判別の難しい年齢にある。
名を風倉他屋という。
さてこの若さの限界値にいるこの女はいうまでもなく高也の唯一の肉親であり、実の姉である。
したがってこれがエロゲーだとソフ倫に引っかかるのである。
もともとこの作品は官能ではないためそんな危惧は必要なく、事実水子が3体も4体も取り付かれている男が友人のエロゲーではHシーンが無いが故に実の妹が攻略対象になっている作品も存在する。
まあ、それはどうでもいいのだが。
「ごめんよ姉さん」
高也は実につまらなそうにそう謝罪した。
高也は靴を脱ぎ捨て、リビングへ向かう。
そこにはすっかり寝こけているシャトーと、のんびり紅茶を嗜んでいるメイド服を着た女性が我が物顔でリビングを占拠していた。
「ただいま水村さん」
高也は軽く会釈する。
しかし水村と呼ばれたこのメイドさんは雇用主であるはずの高也に顔を向けることなくとんでもない一言を言い放った。
「遅刻して平然といしているような兄ちゃんを私は主と認めません」
何故か風倉家の住人は時間に異様にうるさかった。
しかし彼女は気付いていない。
主のいないメイドさんなんてただのコスプレとなんら違わないイメクラ女という、職業に貴賎を設けた場合明らかに下の下の下に位置する、その下っぷりはオタクという人種とどっこいどっこいの存在に定義されてしまうという事実をさっぱりと理解していないという事を。
そんな少し不憫なこの女性の名は水村菓子という。
ちなみに菓子は他屋の無二の親友らしく、中学からの仲で大学時代就職に困っていた菓子を、当時IEEOに入会したばかりの高也の収入を鑑みる事無く、勝手に雇ってしまった。
ちなみにこのメイド服は他屋の趣味である。
したがって正式な雇用者は書面上ではなく事実上は他屋が主人にあたる。
「ごめんよ水村さん」
当然この面々から直視すれば一目瞭然の如く高也の家の中での地位は果てしなく低い。
外では平然と組織のボスを務めている若造も、家の中ではただのしょぼくれた兄ちゃんにすぎない。
上には上がいるといったところか。
高也は他屋と菓子に平謝りをする。
こんな情けない姿を局員がみたらどう思うだろうか。
高也は悶々とそんな事を考えていた。
夜遅くのここの場所。
ここはIEEO日本支局。
その地下2階に点在する『異能研究室』。
排除された異能や異形を研究する部屋と何の捻りも無いそこには異能や異形の死体やモルモットと化した実験異能、異形がそこらかしこに跋扈し、研究者は日夜実験異能、異形を好き勝手解剖したり生体実験したりとやりたい放題研究している。
主に、実験異能、異形は檻に投獄されている。
が、その中の一つに変な檻が存在していた。
明らかに檻とは定義できない大きさの『部屋』がある。
牢獄よりも遥かに大きい。
12畳はあるであろうその檻の中には羽毛ベッドに21インチのTVにカーペット、冷蔵庫、机、椅子、テーブル、ソファ、本棚とまるでワンルームのマンションの一室のように設備されていた。
いうまでもないが冷暖房完備であり、冷気や暖気が逃げないように檻は独房と同じになっている。
したがってもはや外見さえも檻ではない。
箱である。
その箱の中で悠悠自適にソファにくつろぎながらプリンを食べ、TVに耳を傾けている少女の名は白雪亜美。
ただし、現在の名前は白雪・ドグラマグラ・亜美。
人体実験によって異形を植え付けられた少女。
昭和10年の電波小説みたいな名をもつ異形、『地底怪獣ドグラマグラ』を植え付けられた少女。
なんでもこの異形もまた、地底人ドグラと怪獣マグラが合体した生命体らしい。
今にも3分間だけ戦う赤い巨人や、海から突如として来訪する放射能を吐く化物が現れそうな名前である。
そんな少女、白雪・ドグラマグラ・亜美は優雅であった。
この檻といってもかの有名な鉄棒を繋ぎ合わせたアレではなく、まるでシェルターのような箱の中であるから囚われと感じ得ない。
そんな箱に近づき、声をかける男が突如として出現した。
檻守の貴志圭司という男である。
「やあ亜美ちゃん」
圭司は亜美に声をかける。
「ん? あ、圭司ちゃん」
亜美は空になったブリンの器をダストシュートに放り込み、檻の窓から圭司の姿を窺う。
「何かほしいものはあるかい?」
圭司が軽い口調でそう言う。
ちなみに圭司は亜美のパトロン・・・というか寄生された宿主の如く次々と貢いでいた。
これが純然たる好意であることは亜美には理解していた。
そもそも毎日毎日白衣を纏った薄汚い学者共がこぞって亜美を好き勝手蹂躙するのだ。
そんな生活に潤いと幸福を提供する圭司の行為に打算がないわけがない。
しかし今日の亜美は少しいつもと違っていた。
ただ、いつもと言っても何日か周期でこういうことはよく、発生する。
精神がドグラマグラに汚染されているため、時たま感情というか、生命の本能が逆転してしまうのだ。
「ふふふ・・・何か肉が・・・できれば生きているの・・・ほしいの・・・」
「え? 何するんだいそんなの」
少なくとも調理台一つ無い檻の中で生きている肉の使用法など常人には計り知れない。
が、現在の亜美はドグラマグラよりなのでコレが普通なのである。
「・・・殺すの・・・メッタメッタの・・・ズッタズッタに・・・して・・・切って・・・切って・・・切り殺すの」
地底怪獣ドグラマグラは狩猟生物であり、その獰猛さといったら巣をつつかれた時のスズメバチが5mくらいの大きさになったようなものだ。
判りやすく言うと街中をコンバインが爆走するのに等しい。
あえて判り辛く言うと超空の要塞に搭載された爆弾すべてが原爆であるようなものだ。
そんな本能が一介の人間に植え付けられると言う事はその危険さといったらヒトラーとポル・ポトとスターリンが三位一体になるようなものだ。
しかし亜美は別に『人間』を失ったわけではない。
たとえ一生を檻の中で過ごすことになったとしても、だ。
「じゃあ・・・水切らしてるから・・・水がほしいの」
「えっあっうん。それならバッチグーだよ」
圭司はそう頷き、大急ぎで水を取りに行った。
亜美は腰まで届きそうな2本の触覚(自毛)をいじりながらベッドに寝転んだ。
亜美の容姿は腰よりも長い黒髪と2本の触覚、さらに全身真っ黒なネグリジェを着込んでいるためその姿はかの地獄の台所・・・もとい、台所の悪魔と呼ばれた黒く、小さな流星を彷彿させた。
異能のなり方。
異能の大半は先天性なものであるが稀に後天性な異能も存在する。
現在における後天性異能の原因は以下の通りである。
夏御蜜柑や月の司祭のように相手に異能を植え付ける事が出来る存在によるもの。
世界の真理を知ることで常人には成し得ない奇跡を発動させるというもの。
独自で研究を重ね学問の発展性な位置付けとして使用するもの。
呪術の一貫として呪いを所有すると言うもの。
厳密に言えば異能ではないが瞬発的に人間の可能領域を超越する場合。
人体改造によるもの。
異能や異形の臭気に触れる。
内包していた異能が覚醒する場合。
世界のルーレット現象によって偶発的に能力を得る場合。
道具を用いる。
これらが代表的な異能のなり方である。