栄美はサファイアブレードを握り、構える。

 そのまま壁を一閃。コンクリの壁は脆くも崩れ去った。

 場所は中国の鈴の異能倉庫。

 ちょうど運び終えたところだった。

「な、何ぃ!?」

「ば、馬鹿な!!」

 困惑する中国人共を見て栄美は冷笑を浮かべた。

 所詮末端の糞雑魚などこの程度。

 栄美はサファイアブレードを振りかざした。

 一瞬の内に5人のうち3人が一刀両断にされてしまった。

 しかし倉庫内には5人のほかにも30人ほど武装した中国人がいる。

 栄美は少しだけ困惑した。

 多すぎる。

 当然であるが、彼らは日本支局のヘタレ共とは一線も二線も画す猛者達である。

 おそらく彼らなら並大抵どころか特上の異形も屠れることだろう。

 そんな鍛えに鍛えられた猛者30人を相手取る自身はなかった。

 もっとも、人間の状態ではの話だが。

 

 

 

 鈴は会議中にも関わらずにやけていた。

 そのあまりに不気味な表情に側近たちが極めて不穏な表情を醸し出していた。

「ボス! 聞いていますか?」

 一人が鈴に向かってそう、苦言する。

「あ、すまん。少し考え事をしていた」

 その言葉に側近たちの表情が幾許か緩む。

「ボスが仕事中に他の事を考えるとは珍しい」

 

 鈴の脳裏には己が欲望の決算ともいえる功績に陶酔していた。

 無論、ルビー程ではないにせよ、時価数千億円の宝石と、高エネルギーを有する異形武器を一挙両得できたのだから陶酔しないほうがおかしい。

 これほどの歓喜は清華大学に合格した時以来といえよう。

「春節には異形兵器RRD−258の開発を具申致します」

 会議は続いているが鈴は半分くらいしか理解できていない。

 いつも重箱の隅をつつくまでに生真面目な鈴とはまるで別人である。

「RRD−258とは来るべき吸血社会との全面戦争の際に重宝されると予想され、ルーン・リメルバ―をも抹殺できるように構築されております」

 その言葉に側近が反応する。

「ようするに対吸血鬼兵器か。しかしルーンをも抹殺できるとは・・・どういうことだ?」

「ルーンは吸血皇帝。その名の由来はハムジルの詩に記された神々の末裔というところから来ているというぞ」

「ルーンというその名の意味は『神々』。ルーン文字は神々の由来する文字という意味になるのだが・・・その名に恥じぬ様にルーン・リメルバ―はまさに吸血鬼の神だ。並大抵の吸血鬼ではないぞ」

 側近たちの横槍にもめげず、プレゼンをしている局員はその言葉に明確に反論する。

「はい。確かにルーンにはいかなる弱点も見出せず、鏡にさえ映るといいます。かつて勇敢な吸血鬼ハンターが宮廷に忍び込み、暗殺を試みましたが、杭をもってしても心臓どころか肋骨さえ折れず、火をつけ、火葬しようとも火は灯らず、祝福された剣をもってしても切れず、聖水も、十字架も、はてや吸血鬼の最大の弱点ともいえる瓶詰、魔法をもってしても殺せず、日光の下でも傷一つ負わないそうです」

「ほれみろ。ブルガリアの秘伝、瓶詰も通じないのだ。しかも皇帝だ。同属による反乱でも殺せまい」

 しかし局員は笑った。

 その表情に側近が少し不機嫌になる。

「しかし16年にわたる調査の結果。驚くべきことが判明しました」

「何だ?」

「ルーンの『寿命』が判明したのです」

 その言葉に全員が驚愕する。

 無論鈴もだ。

「「「「「何だと?」」」」」

 局員は平素な声で続けた。

「ご存知の通り吸血鬼はそのすべてが不老不死ではありません。いえ、実際にはわずか40日程度で死ぬものからグロティア・リメルバ―のように2000年近く生きるものまで実に幅はありますが、寿命が永遠な吸血鬼は、只の一体も確認されていません。伝承で永遠に生きるとあっても実際に永遠に生きている吸血鬼は皆無です。そこで1980年に『寿命測定器』が開発され、吸血鬼の寿命が識別できるようになりました。しかし、宮廷に忍び込み、寿命を測定する事は不可能だと結論付けられてきましたが、かつて吸血鬼ハンターが忍び込んだルートによってついに先日測定に成功しました」

 鈴が猛然と飛びついてきた。

「ルーンの寿命は?」 

「はい。約1000年が限界とされ、事実上の寿命は800〜900年前後とされます。しかしこの事をおそらくルーンは知っているでしょうが彼女の専属の侍女にさえ教えていない模様です」

 鈴はえらそうに踏ん反り返って冷静に指摘した。

「そりゃそうだろうな。普通は自分の唯一の弱点である寿命をバラす馬鹿はいないからな」

「しかしそれとそのRRD−258はどういう関連性があるんだ?」

「はい。これは日本の民話にある玉手箱を原理にしたものです。我が国にも邯鄲の枕がありますが、判りやすく言うと玉手箱を放出する器械です」

側近がなるほどと首を傾げる。

鈴はさらに追求する。

どうやらやっと仕事に集中できたようだ。

どうでもいいが遅すぎである。

「ようするに寿命を到達させる兵器か。待て、それは対人、対異形にも応用が利くのではないのか?」

「勿論です。これを現在では毒ガス弾をモデルに製造しようと具申していますが、ゆくゆくは核ミサイルを超える最高最大の兵器に発展させていきたいと考えています」

「つまり、現状ではミサイルに詰め込むほどの容量の生産はできないと?」

「はい・・・残念ながら」

 鈴が猛然と局員に質問する。

「待て、ならそのRRD−258の主成分はなんという異形から生成した?」

「年をとらぬ老魔の片腕から生成した『隠老隠寿』を特殊な作用によって真逆の効能に変換し、ガス化したものです」

 隠老隠寿とう言葉に鈴がぴくりと反応する。

 レクリエールの所有する2つの能力のうちの1つ。

 鈴は嘲るような笑みを浮かべる。

 何が愉快なのかは実は彼自身わからない。

「そうか隠老隠寿か・・・まさかあの全く役に立たないと思ってた能力がこんな役に立つとは思いもよらなかった」

「ボス?」

 

 

 

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

 栄美はこれで20人目の局員を殺害した。

 さすがに疲れた。

 しかもこの猛者共は今までの異能協会のカス共と違い、異様に強い。

 レベルが5ランクくらい違う。 

 昔ベトナムに亡命した時ゲリラにあったがその時と同じ・・・いや、それ以上の恐怖が襲いかかる。

 局員の1人がバズーカ砲をぶっ放し、周囲を囲むように3人が青竜刀を持って切り込み、さらに後ろから5人が機関銃を乱射する。

 残りの3人が何か大型兵器を起動させている。

 当然これらの武器には全て異能封じが施されている。

 機関銃は栄美の肉体を蜂の巣にしていき、さらに青竜刀で肉を裂かれ、バズーカによって破壊される。

 しかし栄美は死ななかった。

 とりあえず青竜刀の3人はサファイアブレードで切り殺した。

 このサファイアブレードというやつはただ単に硬度9の剣というだけではなく、超強力なエネルギーを保有しており、そのエネルギーは2億ギガワットと日本の総電気力を遥かに上回るため、いくら異能封じを施したスーツを着込んでもし、切り裂かれてしまう。

 確かに人工宇宙意思とも言える異能封じを超越した異能など『全知全能』と『矛盾』しかないのだが、原理は人工宇宙意思のため、極僅かなタイムラグがある。

 しかしそのラグは本当に極僅かなのだが、生憎光より若干遅いのだ。

 電気の速度は光と同等であり、その速度を持って生み出される超高圧エネルギーは異能封じの反応速度を超えてあまりある。

 ましてや2億ギガワットの異能などPo値は1000に達し、たとえ異能封じの反応速度にかろうじてかすったとしても、抵抗値ギリギリしかない異能封じでは、完全には封じきれない。

 当然2億ギガワットである以上たとえ力の99.9999999%が削減されたとしても、実際されるのだが、その極僅かでも人間1人殺す事などわけない事であることは、想像に難くない。

 なるほど鈴が是が非にでも欲しい武器というのも頷ける。

「あと9人! とっととわたしに殺されなさい!!」

 栄美がズタズタかつボロボロの体で激昂する。

 局員たちはさすがに驚愕していた。

 理由は沢山ある。

 サファイアブレードの凄まじさ、55人いた精鋭の猛者を46人も殺した事、日本語で怒鳴っているのに何となく何言っているのか判る事、そしてなにより―――。

 何故、これほどまでに致命傷を与えたのに生きているのだろうか?

 

 栄美はバズーカ兵に突撃を開始した。

 機関銃が絶え間なく栄美の体に穴ポコを空けていく。

 しかし栄美は気にした様子もなくバズーカ兵に向かって切りつける。

 バズーカ兵は熟練の動きでバズーカを捨て、青竜刀を構え、対向する。

 その身のこなしの異常なこと。

 しかしサファイアブレードと刃が重なった時、栄美がブレードに異能を開放する。

 いくら異能封じを施した青竜刀でも2億の異能に異能封じではなく、刀自身が耐え切れず、結果、異能封じを施していない柄の部分が粉々になった。

 無傷の刀身が地面に落ちる。

 局員の手は痺れる。

 おそらく粉砕骨折してしまっただろう。

 痛みが尋常じゃない。

 しかしそんな事はおくびにも出さずに、後退し、手榴弾を投擲する。

 手榴弾は栄美に直撃したが、栄美は気にする様子もなく、局員を斬殺した。

 栄美はすさまじい形相で呟く。

「あと、8人」

 

 

   

 会議中は鈴には一切の連絡は入らない。

 だからこそ、局員の悲痛な呼び声もわからなかった。

 会議後、鈴が清華大学の時の同期で、現在は中国を牛耳っている連中との会合に出向く最中に初めてグリモア・ラスボスの事態に気付いた。

「何ぃ!?」

 その驚愕は人生に体験した事が無い。

 まるで万馬券確実だというのにゴール直前で転倒した時より、驚愕した。

 宝くじで3億円当てたのに銀行に向かう途中でくじを無くした時より、驚嘆した。

 事故で意識を失って眼を覚ましたらコールドスリープによって1000年後の世界にいた時より、驚駭した。   

「ボス? どうしたというのです?」

 鈴は携帯を窓に叩きつけると運転手に怒号を発した。

「今すぐ会合をキャンセルして傾国倉庫に向かえ!!」

「え? でも今日の会合は国家主席も参列なさいますし・・・」

「構うものか!! それよりも遥かに大事な事だ!! いいから今すぐ傾国倉庫に向かいやがれ!!!」

 車を急遽方向を変え、グリモア・ラスボスを保管した傾国倉庫を目指した。

 終始鈴は不機嫌だった。

 鈴は懐から銃を取り出す。

 無論これはただの銃ではない。

 なんとも摩訶不思議な形状をした、敢えて言うなら一昔前のSFものに登場しそうな銃だった。

「おのれ・・・こうなったらせめてサファイアブレードだけでも頂くか・・・・・・」

 鈴の脳内会議において、グリモア・ラスボスの殺害が決定した。

 鈴は携帯を拾い、命令を発する。

「私だ。今すぐ戦車部隊と装甲部隊、重機関銃兵、陸上爆撃兵、高空爆撃兵を傾国倉庫に向かわせろ、何? 弾丸? そんなのレベルAクラスのを使え。最悪デイジーカッターを使用してもかまわん。今すぐ向かえ!!」

 その怒号はどこか既知外じみていた。

 

 

 

 数時間前のことだった。

 IEEO本局。

 そこにも中国での一軒は耳に入っていた。

 そこで急遽近隣の代表を呼びつけ、会議を行った。

 いるのはドイツ代表とフランス代表とイタリア代表とオーストリア代表だ。

 ドイツ代表、ミュンヒグラードがレクリエールに言う。

「このまま放って置くのが得策かと・・・まずこの事件で鈴を解任し、その後でグリモア・ラスボスを駆除しましょう」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかしレクリエールは頷かず、黙ったままだ。

 イタリア代表、リノ・ボルゲーリもミュンヒグラードと同じ意見を言う。

「そうですな。鈴のような戦争屋は早急に解任すべきです。何となくあの男はヒトラーに通じるところがある」

 フランス代表、ロランも似たような事を言う。

「グリモア・ラスボスに異常なまでの執着する理由もわからなくはない、が、あの男はやりすぎた。これは当然の仕打ちでしょう。もっとも彼の軍事力は我々の総軍事力を上回る以上、グリモア・ラスボスが駆除されてしまうだろうが」

 オーストリア代表、エルヴィン・ヴォルフは少し違う事を言う。

「しかし鈴にもそれ相応の実績はあったからこそIEEOはこれほどまでの組織になったこともまた事実。それに鈴は自国では相当の人物だ。鈴の指一本が国家を揺るがすとも言われている・・・・・・どうだろうか解任というのは」

 ヴォルフは鈴派の人間だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかしレクリエールは黙ったままだ。

 現在においてレクリエールは全く別の事を考えていた。

 異形、グリモア・ラスボスについてだ。

 こいつらはグリモア・ラスボスを軽視している。

 それが気に食わない。

 やつのサファイアには高エネルギーが内包しているという。

 つまり、異形種としてはかなり危険な部類ではないだろうか。

 下手に軽く扱って、月草の再来が起こりでもしたら・・・。

 ぶるるっ、鳥肌が立ってきた。

 しかしこいつらは若い。

 私より15歳近く若い。

 だから月草がどれほど恐ろしいかわかっていない。

 鈴なんかどうでもいい。

 長官になりたければ退いてあげるから勝手になりなさい。

 それに、もしグリモア・ラスボスが月草とまではいかなくても、それに近いレベルの異形だとしたら・・・。

 グリモア・ラスボスを拿捕し、研究していた頃私はまだただの会員だったからよくはわからないのだが、ペール(父)が言うには世界の全てのエネルギーを賄えると言っていた。

 そんな恐ろしい異形ならば、月草に匹敵しないだろうか?

 それにグリモア・ラスボスはあの強固な檻を脱走し、研究室から本来異能エネルギーの装置に用いるはずだったサファイアブレードを奪ったのだ。軽んじられる異形ではない。

 よし、決めた。

 鈴は後回しで、この私がグリモア・ラスボスを駆除する。

「皆さん、聞いてください」

 その言葉に4人が一斉にレクリエールの方向を向く。

「これから私がグリモア・ラスボスを抹殺します。鈴の処分はその後です」

「はあ!?」

 1人がそう絶叫した。

「し、しかし長官が出向く必要は・・・所詮異形。ミサイルの1発でも与えれば駆除できるでしょう。それに鈴の軍事力ならたとえそれ以上の存在であったとしても・・・」

 その軽んじる発想に余計腹が立つ。

「月草を知っていますか?」

「は? 月草? そりゃまあ・・・」

「あなたたちは知らないでしょうけど月草にはミサイルどころか核兵器も、数万に及ぶ吸血鬼の集団にも、当然、異能さえも通じなかったんです。結果、私を除いて異能協会の人間は全滅」

「ええ・・・それは重々承知していますが・・・まさかグリモア・ラスボス如きがあの月草と同格とでも?」

「グリモア・ラスボスはIEEOになってからは名前だけで実際何も事を起こさなかったから異能協会のデータ上のランクでしかない。だから、本当はどれだけの恐ろしさを秘めているかは・・・貴方達は知らないはず」

「・・・・・・・・・・」

「グリモア・ラスボスをただのエネルギー異形だと思ったら大間違いです。仮にも異能協会から脱走したのですから軽視できる存在ではない」

 その言葉に全員が押し黙った。

 レクリエールは凛とした声でもう一度告げた。

「今すぐグリモア・ラスボスを駆除します!」

 

 

 

 栄美はついに機関銃の5人を殺した。

 決して揶揄ではなく、すでに全身蜂の巣だ。

「あと・・・3人」

 しかしその直後、3人が放った大型異形兵器、MR砲が栄美を直撃した。

「やったか!」

 それは歓喜。

 この攻撃を直撃すれば跡形もなく消え去るに違いない。

 しかし直後、恐怖した。

 たしかに仮名栄美という人間体は消滅していた。

 しかし、そこに蒼い獣が存在していた。

 

 

 

 レクリエールは超音速機に乗って傾国倉庫を目指した。

 その後ろには同じくIEEO謹製の超音速機『ジュイゾ』が4機ほどついてきている。

 原理は異能協会時代に創り上げた異能エンジンをもってできたジェットと異能封じを施した装甲を搭載しており、ローザンヌ条約ギリギリの一品である。

 最高時速は25000q。

 宇宙ロケットと同速のマッハ20.5というオーロラをも上回る既知外じみた世界最高速度を可能にしている。

 ちなみに現在の乗り物で地上最高速度はマッハ9.8。

  

 

 

 鈴が傾国倉庫に辿り着いた。

 そこには死屍累々と無残な残骸が腐乱していた。

 よく見ると生存者はなく、異形兵器MR砲も破壊されている。

 どうやら相当の異形のようだ。

 それと同時に戦車を含む頼もしい軍隊が到着してくれた。

 眼前を見回すと1人の女がいる。

「まさかあれが・・・・・・」

 一瞬驚愕の表情を浮かべるが、あれが変化だと言う事を理解するとすぐに理知的な表情を浮かべた。

 栄美は無傷で立ち、その右手には超高エネルギー装置、サファイアブレードが握られている。

 鈴が軍隊に命令を下す。

「グリモア・ラスボスをこの位置から撃ち殺せ」

 鈴の傍らにある軍隊は一発数百万もするパトリオットから対戦車砲120ミリ弾、機関銃5門、装甲車2台、戦車3台に上空には爆撃機が2機遊回している。

 どうみても1個の生物を殺す道具ではなかった。

 それらの兵器が栄美目掛けて一斉射撃を開始した。

 大人気なさすぎのその攻撃ともいえない一歩的な蹂躙にも関わらず、栄美はそれらの攻撃をまともに受けながら突っ込んできた。

 それには鈴も局員も驚愕した。

「自殺行為だぞ!?」

 しかし栄美はサファイアブレードによって幾許かの衝撃を弾き、だが弾丸も、大砲も、ミサイルも襲いかかかるため、血まみれで、全身がぐちゃぐちゃになりながら突撃する。

 実際人間時ではダメージは全く無いとはいえ、人間状態が壊滅すると本体にならざるをえない。その本体の時にこれだけの攻撃を受けたら間違いなく死ぬ。

 だから何としても人間時にこれらの兵器を破壊しなければならないのだ。

 しかしきつい。

 すでに全身ぐちゃぐちゃで走る事も容易ではない。 

 だが、距離は当初200m程度だったため、1分ほどで到達し、機関銃兵を皆殺しにした。

「何だと!?」

 鈴はあわてて後退する。

 その時栄美は誰が頭なのかを理解した。

 あいつを殺せと全身が共鳴する。

 そのためにはこいつらが邪魔だ。

 ミサイルの束が全身に直撃する。

「ぐっ!!」

 もはや人間としての形状が保てない。

 しかし栄美は変化は解かない。

 解いたらその瞬間に死ぬからだ。

 栄美はサファイアブレードのエネルギーを吸収し、形状を戻す。

 栄美はパトリオットを破壊し、次いで装甲車に向かった。

 しかし120ミリ弾が全身を蝕む。

 常時エネルギーを吸収しても埒があかない。

 サファイアブレードがなかったらとっくに死んでいるに違いない。

 なるほどまさに異能協会。

 性質が悪すぎる。

 栄美は装甲車を切断し、中にいた局員を殺害した。

 装甲車は比較的簡単だった。

 さらに返す刀で120ミリ弾をぶっ放していた局員も斬殺。

 問題は弾をさっきから連発してくる戦車と上空から爆撃してくる爆撃機だった。

 いくらエネルギーを供給しても追いつかない。

 すでに100回以上殺された気がする。

 最近の異能協会はこんなにも凶悪なのか。

 

 鈴は車の中に避難していた。

 外にいないのはグリモア・ラスボスもそうだが、爆撃が激しくて外に出られないのだ。

 普通の異形なら300体は駆除しているはずなのに何で一向に爆撃が止まないのか。

 銃を懐に構え、いつでも抜けるようにしている。

 

 栄美は何とか戦車を1台破壊した。

 その間に36回も供給した。

 しかし戦車はきつい。

 第一次大戦でこんな言葉が残されている。『決して傷つく事の無い鋼鉄のゲダモノ』と。

 まさにその通りだ。

 我ながらよくぞこんなケダモノを破壊できたものだ。

 しかも人間状態で。

 しかしまだ2台の戦車と上空の爆撃は、止まらない。

 遠慮なさすぎだ。

 だが、栄美は次々と攻撃を受けながらも戦車を1台づつ、破壊した。

 上空も弾切れのようだ。

 

鈴は轟音が止んだのを不信に思った。

グリモア・ラスボスは殺せたのか?

まさか弾切れ?

だとしたら非常にまずい。

今すぐデイジーカッターを発射って駄目だ。都市破壊兵器のアレを使ったら自分も死んでしまう。

仕方ない。一発に10万元の出費がかさむがコレを使うしかないだろう。

途端、殺気を感じた。

まさに殺す気だ。

その気そのものが殺傷能力を持っている。

鈴はあわてて車から飛び出す。

ふと車を見ると、栄美が防弾ガラスを貫いて運転手を串刺しにしているという真に恐ろしい光景を目の当たりにした。

鈴は思う。

こいつは異常だ。

そこらへんに蔓延るクズ共とは格が違う。

鈴は落ち着いて立ち上がり、銃を構える。

栄美はサファイアブレードを引き抜き、噴水のように車内に飛び散る血が途切れる前に車を切り刻み、スクラップにした。

鈴はしかし冷静を保っていた。

栄美はまるで豹の如く突撃を開始した。

鈴は薄く笑い、まるで子供のおもちゃみたな銃の引き金を引く。

銃口から光線が発射された。

その光線は栄美の右腕をふっ飛ばし、溶けて消えた。

サファイアブレードがカランと落ちる。

栄美は信じられないといった眼で鈴を見据えた。

鈴は笑った。

「どうしたグリモア・ラスボス。そんなにこのEI6000が珍しいか? そりゃそうだろう。こいつはMR砲を集約した世界にこれ一丁しかない異形武器の最高傑作だ。ん?」

 栄美は左手でサファイアブレードを握る。

 これがないとエネルギーを供給できないからだ。

 しかしEI6000の光線が栄美の左脚をふっ飛ばし、馬鹿みたいに崩れ落ちる。

 また、サファイアブレードが落ちた。

「こいつの威力はそこらへんの兵器とは比べ物にならん。その気になれば鉄筋コンクリートのビルさえ一発で煙の泡にしてしまうんだからな。・・・おい、聞いているのか!!」

 再びサファイアブレードを拾おうとしたその左腕を消滅させた。

「ぐうっ!!」

 栄美の表情が一瞬苦痛に歪むが、それは痛みではなく、供給が断たれた事のためだ。

 栄美は鈴をきっと睨む。

「何だその眼は? 気に食わんな」

 一発10万元(140万円)もする超高コスト兵器、EI6000の光線が栄美の右脚を吹き飛ばす。

「わはははは! 最初からこうすればよかったんだ!! トータルならこっちの方が安上がりだ!! グリモア・ラスボス、跡形もなく消し飛ばしてやるよ」

 達磨状態の栄美に容赦なく光線が発射される。

 胴体が千切れ飛んだ。

「まだ生きているのか・・・さすがにあれだけの兵器を破壊しただけはある」

 栄美は首だけで鈴を見据えた。

 その表情は、凶悪なまでに禍々しかった。

「だが・・・これで終わりだグリモア・ラスボス!」

 すると栄美の眼が妖しく光った。

 まるで待ってましたと言わんばかり。

 栄美の首は消滅する前に確かに鈴を嘲笑した。

  

 

                   

 そこに、1頭の獣が出現した。

 

「それがグリモア・ラスボスの本体か・・・」

 鈴はその姿に少なからず感動していた。

 蒼い獣と呼ばれる異形。

 大きさは月の輪熊より一回り大きい。

 まるで大きさといい、形状と言い、コーンのような巨大なサファイアが角となっている。

 何故か鼻の脇にあるのが不思議だった。

 容姿は結構虎に似ている。

 しかしその体毛は蒼く、美しい。

 鈴はしかし、冷徹にグリモア・ラスボスに向けて銃を発射しようと引き金を引く。

 しかしグリモア・ラスボスは神の如き速度で文字通り光速の光線をかわし、距離はざっと15m。

 その距離を全く無意味な如くその速さとその鋭利なサファイアをもって。

 鈴検孫を、串刺しにした。

「が・・・・・・・・・は・・・・・・」

 吐血。

 あまりに速過ぎて鈴は何が起こったか理解するまでもなく、一瞬にして絶命した。

 

 

 

 レクリエールを乗せた超音速機が着陸した。

 グリモア・ラスボスは鈴が刺さったまま突撃を開始する。

「ち、長官!」

 パイロットが悲鳴を上げる。

 距離はざっと500m。

 しかしグリモア・ラスボスはそんな距離を無意味にしていく。

「なるほど・・・かなりの異形ですね」

「ち、長官?」

 レクリエールは冷静だった。

 やはりトップに立つ者は常に冷静でなくてはならないという事か。

 グリモア・ラスボスが飛びかかった。

 もう距離を0にしたようだ。

「ひいいいいいいいいいいいいいい!!」

 パイロットが情けない絶叫をする。

 しかし、グリモア・ラスボスは寸での所で止まってしまった。

 レクリエールのもう一つの異能『集約』。

 レクリエールが手を合わせ、握る。

 ちょうどキリスト教徒が神に祈る時のポーズと一緒だ。

 そのままぐるぐると手を回していく。

 すると、グリモア・ラスボスは集約された。

 さらにレクリエールは手を回す。

 それに伴い集約されていく。

 抵抗一つできない。

 当然だろう。

 グリモア・ラスボスは鈴ごとぐちゃぐちゃに集約され、圧縮されているのだから。

 そしてレクリエールが手を離し、叩きつけるように再び合掌する。

 

 それと全く同時に、グリモア・ラスボスはペシャンコになって絶命した。  

 

 

 

 リメルバ―皇家。

 世界に数百万とも謳われる吸血種の皇帝の一族。

 吸血社会というものを創り上げ、混沌に満ちた暴力の化身に秩序を与えた存在。

 こんな言葉がある。

「幽霊及び悪霊種において、広大なる暗黒世界の細部に渡るまで追求し尽くしても、吸血鬼ほどに恐ろしく、禍々しく、忌まわしく、しかもこれほどまでに恐るべき魅力を兼ね備えた存在はいない」

 そもそも吸血鬼という存在が世界の表舞台にたったのはブラム・ストーカーの執筆した伝説的大傑作『不死身ドラキュラ』という作品である。

 アイレル・マルクスの史学的著書『ヴラド串刺公』の影響を受け、世界に躍り出た。

 もっとも実際のヴラドは名君であり、串刺しによってオスマン・トルコの進軍を阻止し、噴水に金杯を置いていても盗む者はなく、ヴラドという地名さえ存在するほどの人物であったがアイレルのこの著書によって一大悪役にされてしまったのだ。

 そしてこの作品の影響は尋常ではなく、吸血鬼=欧州の魔人という図式が生まれ出でてしまったようだが、世界的な視点で吸血鬼というものを見ればどうだろう。

 実は吸血鬼は世界各国に存在する。

 アジアにおいては中国の有名な吸血鬼『キョンシー』にはじまり同国の『チャン・クェイ』その名の如く『吸血鬼』。インドでは『ヴェターラ』『カーリー』『羅刹』(これは有名)。日本においても『火車』『般若』『鍋島の猫』。マレーシアにおける最強と謳われた化物『ペナンガラン』も立派な吸血鬼にあたる。フィリピンにも非常に有名な『アスワング』などがある。

 有名な超常現象研究家アドルフ・ダッシャーは吸血鬼を『アストラル体(星幽体)』という論理的結論に達した。

 つまりそれほどまでに吸血鬼とは多種多様であり、一重に吸血鬼はこうだ、とは言えないのだ。

 例えば吸血鬼の吸血行為は日光に当らないため慢性的なビタミン不足を補うためと唱える学者もいる。

 無論、吸血鬼の異能の使用に血液を必要とする説もあり、一概にこうだ、とは言えないのだが。

 その多種多様な吸血鬼を統一したカリスマ的存在がグロティア・リメルバ―である。

 当然中には知能を持たない化物も多々存在したが、グロティア・リメルバ―はその全ての吸血種を従え、奪い、蹂躙の限りを尽くし、ついには吸血鬼の千年王国を樹立させた。

 一説によると中国の吸血巨人の首を捻じ切り、血を啜ったと言う。

 リメルバ―の吸血はただ単に生命力やエネルギーを吸い取るだけではなく、その記憶をも吸い取った。

 故に彼自身には相当量のエネルギーが蓄積し、彼の子孫たちは文字通り無敵の吸血種たり得る力を所有していた。

 いわゆる吸血用語でいうダムピール(吸血鬼の子供)たちは空を飛び、蒸気となり、催眠を持ち、体積を変化させ、元素を支配し、動物を従え、壁を這い、変身し、胴枯れ病を起こし、疫病を撒き散らし、性的不能を起こさせ、臓器を奪い、そして不死であるという。

 そしてグロティアは2024年の生涯において7人の子供を宿した。

 グロティア自身もそうなのだが、吸血鬼の世界の常識として、『7番目の子供』こそ最も力の強い存在であり、彼が死ぬ間際に孕ませ、産み落とした子供ルーン・リメルバ―こそ現在の吸血皇帝であり、2代目の皇帝になる。

 しかしグロティアの母は売春婦であり、その不浄の子故に吸血鬼として誕生した。

 だが、ルーンは違う。ただでさえ、ルーマニアでは普通の両親でも7番目の子供は呪われるという言い伝えがあるというのに『7番目の子供の7番目の子供』であるルーンはおそらく世界最大の吸血鬼といえるだろう。

 グロティアは死ぬ間際に最後の妻、シャティエにこう愚痴ったという。

「なぜ・・・ルーンは男子ではないのだ・・・あれが男子であったなあら・・・世界を吸血鬼の天下にする事さえ・・・可能であったというのに・・・」

 そう、伝承では7番目の子供の7番目の子供は男子であるほうが真に呪われた存在であり、その尻には禍々しい尻尾が生えていると言う。

 しかしルーンは不幸にも女子であったため尻尾はなかった。

 そのせいで、皇帝になったとしても常に後ろ指をさされながらの生活を余儀なくされているという。

 ちなみに7番目の子を産むためだけに生まれた6人の吸血鬼のうち、3人はルーンの召使いに成り下がり、1人は地上最強の人間、水村季節に殺され、1人は謀反を起こし、処刑され、1人はルビデ帝の政略結婚の道具にされた。

 現在ルーンは16歳。 





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