白雪・ドグラマグラ・亜美。
半怪半人の異形。
異能とは違い、特殊能力を持たないが、変わりに彼女の髪の毛そのものが生物の片鱗を超越している。
外身こそ人間には違いないのでそこは異能同様拳銃一発で殺害可能であるが、異能のように特殊能力をもった凡人ではなく、人間の姿をした怪物である亜美に拳銃が直撃するかは妖しいものがある。
なら戦車なりミサイルなり使えばいいのだが、ここは局内。そんな物騒極まる兵器は使えない。あたりまえである。
亜美は真っ黒の容姿のため血が見えないが、その肌色の皮膚にこびりついた赤く黒い塊は血に他ならない。
中には緑色の血が混ざっているのがより一層不気味さを醸し出していた。
夜中のせいか局員はいなかった。
「誰もいないの・・・つまらない」
亜美が心底嫌そうに呟く。
亜美は鎌を振るう。
鎌は虚空を切断し、何も残らない。
亜美はとにかく生物を探した。
しかし警備員一人いないのはどういうわけだろうか。
亜美はその答えを階段があるべき所にこれ見よがしに聳え立つ巨大な壁に見出す事に成功した。
まるでシェルターのような、あるいは銀行の金庫のような重厚感溢れる悪魔の壁。
よくよく考えてみれば一介の警備員に異形が氾濫するこのフロアに立ち寄ったところで何が出来るわけも無く、むざむざ殺されるだけにすぎない。
そんな無駄なものに出す金があったらなるほどこういった脱獄不能の壁を造ったほうが遥かに安上がりだ。
「ふふふふ・・・こんな壁・・・ぶった切ってあげるの」
亜美が何か恐るべき冷笑を浮かべ、鎌を振りかぶる。
ちなみにこの壁は異能封じを施し、かつ爆撃にあっても壊れない、これを真横にすれば象が踏んでも壊れない筆箱そのものの価値がある特別製の壁である。
しかし亜美は鎌を斜めに一閃。
当然亜美の鎌が戦車をも断つ鎌であったとしても異能封じを施せばただの大鎌にすぎず、また爆撃にも耐える装甲壁を断てるわけもなく、鎌はあえなく折れてしまった。
「・・・・・・・・・あれ?」
亜美は首を傾げた。
圭司は惨状の異研に呆然と佇みながらバグった頭をフル回転させながら思案していた。
亜美がいない。
くわえて周りはこの惨状。
そこから連想するに亜美がやったと推測される。
こんな簡単な結論に至るまで20分近くかかった。
遅すぎだ。
となると亜美は外に向かうだろう。
しかし外に出るためにはあの壁を越える以外道は無い。
加えてあの壁は特殊なので壊せない。
つまり、亜美は立ち往生しているに違いない。
圭司はそんなことをだらだらと考え、ようやく壁に向かって走り出した。
亜美は疲弊していた。
この壁はどうしても壊せない。
おかしい。
鉄鋼をも断つこの鎌で切れないものなどあるはずがないのに。
「どうして・・・切れないの・・・」
色々錯誤してみた。
あの檻を破壊した時のように隙間から切ろうとした。
しかしこれはどうやらシャッターと同じらしく隙間を切っても意味がない。
隙間からこの頑丈な鎌でこじ開けようともしたが壁が重すぎて持ち上がらない。
亜美は鎌を放り投げる。
鎌はフロアに深々と突き刺さった。
「あ・・・・・・」
亜美の頭に木魚がなる。
そして何かを悟った。
亜美は暗い笑みを浮かべながら髪の毛を抜いた。
髪の毛は鎌に変貌し、亜美の手に握られる。
「ふふふふ・・・」
暗い笑い。
亜美は壁の側面にある壁に向かい、鎌を振るう。
鎌はまるで発砲スチロールを切るが如く安々と壁をくりぬいた。
「やっぱり・・・シャッターの隣は・・・ただの壁なの」
亜美はまるで鉱山の採掘のごとく鎌を振るい、空洞を作っていった。
当然であるが常識で考えて壁を採掘するなど想定する技術者はいない。
たとえば強盗が家の鍵が堅固であったからといって玄関の隣の壁を破壊して侵入する者がいるだろうか。
おそらく100人中100人がそんな苦労をするなら窓から進入するだろう。
しかし亜美は壁を破壊しながらシャッターと化した壁をさけUの字状に道を作った。
見事壁を越えた亜美は大空へと続く自由への階段に思いを馳せた。
「うふふふ・・・殺すの」
亜美は重々と階段を上っていった。
圭司が到着した時はすでに遅かった。
壁の周囲には破壊された残骸や折れた鎌が転がり、くりぬかれたトンネルは壁を越えていた。
「亜美ちゃん・・・」
圭司は言葉を失った。
直後、サイレンが鳴った。
亜美がセンサーに引っかかったようだ。
しかし確かこのセンサーはレーザー光線を兼ねており、侵入者を蒸発させてしまうという極めて物騒なものだったはずだ。
まずい。
そう理解した圭司はすぐさま亜美が作ったこのトンネルを抜け、階段を駆け上った。
結論から言って亜美は無傷だった。
「あらら・・・髪の毛が少し焦げたの」
そのうざったいほどに長い髪が功をそうしたようだ。
さすがに熱線如きでは機関銃のあのごつい弾丸の嵐でさえ無効化する亜美の髪は破壊できなかったようだ。
「まあ・・・これで獲物が沢山・・・でてきてくれるの」
亜美は舌なめずりをして、邪悪な笑みを浮かべた。
今の亜美は人間の領域は薄れていた。
高也は寝ていた。
現在時刻は深夜3時。暇な学生か徹夜で仕事している苦労人以外は基本的に寝ている時間だ。
高也は時間をマネージできる立場の人間のせいか、夜はぐっすり寝るタイプだ。
一応高也の部屋・・・というより風倉家は全室シェルターなみの防壁が施されており、外からの音は一切聞こえない。
その理由はいうまでもなく菓子のコレクションが原因であり、穿った言い方をすれば『万が一のせいでキミ一人が死ぬのは一向に構わないが俺たちを巻き込むな』という皮肉のバタ−がたっぷりこもっていた。
しかし菓子に反論する資格は無い。
さてそんな部屋の中で眠りについている最中、電話音が轟いた。
「・・・・・・・んあ? 何事だ?」
高也は重い頭を持ち上げ、己が携帯を取る。
「何だ?」
それはろくでもない内容だった。
「・・・何ぃ? 異形が脱獄したあ? そんな事で・・・ん? 何だと? 死神? あ? まあいい・・・とりあえず今から向かう・・・いいか、これは外部には漏らすな」
高也は電話を切った。
神妙な面持ちで切った電話を見つめていた。
「まずいな・・・俺の責任問題になる・・・まだ一期も務めてないってのに」
高也は部屋の電話を使った。
「シャトー起きろ。今すぐ局に向かうぞ」
高也とシャトーは車に乗り込んだ。
ちなみに運転は高也だ。
高也は免許を1週間で取得した。
それは当時時間がないせいか、教習センターに教習所で卒検を取ったわけでもないのにずうずうしく出陣し、一発勝負を試みた。
高校に行かず大学にいった時といい、どうやら高也は課程というのが大嫌いなようだ。
結果しか求めない男、風倉高也は一発勝負の結果、敗北した。
思えばそれが生涯最初の挫折かもしれない。
そのショックは3日間不眠になってしまうほどであったという。
実際自殺まで試みたが、咄嗟のところで思いとどまった。
一時期は15歳の時国際免許証を手に入れようとしたのが懐かしい程だ。
4日目、高也は再び挑戦し、再び敗北を喫した。
学科では満点とれても実地ではどうしても70点を切ってしまう。
屈辱だった。
さすがに今度は2日間の不眠で落ち着き、7日目に再々挑戦。
今度は見事合格した。
早い所なら教習所通いで2週間と言われているのでなんとかそんな凡俗と一緒の屈辱を味わうことは避けられた。
ただ、その代償として6日間不眠という危険な真似をする羽目になってしまったが。
ちなみに姉、他屋は7ヶ月で免許取得、しかし菓子に至っては8ヶ月かけても仮免までで、期限9ヶ月まであと1ヶ月。どう考えても無理だと思われていた所を他屋と高也が超スパルタ式に教え、かろうじて9ヶ月で仮免を取得した。
ちなみにシャトーは免許を持っていない。
車は文字通り野を越え山を越え、1時間半の時間をかけてようやく局に辿り着いた。
亜美はその間に地上目指して進行していた。
「ふふふふ・・・」
途中レーザー光線や降り注ぐシャッターの防壁を乗り越えて、上へ上へと上り詰めた。
圭司は完全にレーザーによって足止めされ、進めなかった。
そして1階に達し様とした所で銃声がなった。
亜美は凄絶な笑みを浮かべて上を見つめる。
そこには駆除課と死体処理課のみなさんが雁首そろえて立ち並んでいた。
「見〜つけた」
その笑みに、駆除課はともかく死体処理課の連中は腰が引けた。
それくらい恐い笑みだった。
死神にような亜美の容姿は実に奇怪で、黒く鈍色に光る髪、黒いネグリジェ、そして巨大な鎌とマッチしすぎて恐ろしい。
駆除課の皆さんは各々武器を持っているがどれも対人用のチャチな武器で、武器管理課の連中の到着を内心心待ちにしていた。
いくら外見は人間でも中身は異形。
吸血鬼となんらかわらないその存在。
地上1階に至る最後のシャッターが降りる。
「・・・しつこいの」
亜美は鎌の柄をフロアに叩きつけた。
どういう腕力をしているのか柄は安々とフロアを突き貫き、その強固なる鎌の刃がシャッターを封じた。
しかしシャッターには異能封じが施されており、鎌は少しずつ拉げていく。
しかし亜美はその隙に最後のシャッターを潜り抜け、1階ロビーにその黒い姿を現す。
「ふふふふ・・・到着・・・なの」
それと同時に発砲。
しかし亜美の髪はまるで生き物のように亜美の体を包み、無敵の盾となる。
亜美は自分を包んでいる髪を一本抜き、鎌を作る。
「うふふふ」
処理課の課長が指示をする。
「足だ! 髪の届かない足を一斉掃射しろ!」
それと同時に処理課の皆さんによる拳銃の一斉射撃。
その無骨な殺し屋は的確に亜美の足を狙う。
しかし亜美は腐っても異形。
能力しかない異能とはわけが違う。
狙いがわかりきっているところに掃射された弾丸を直撃するだろうか?
答えは否。
亜美はまるでムーンサルトの如く空を舞った。
さすがにそれには一同が絶句する。
「ふふふふ・・・殺してあげるの」
亜美は空中で回転しながら鎌を投擲した。
2mの鎌はブーメランの如く処理課の皆さんに襲い掛かる。
しかしさすがに処理課の人間はその道のプロ。鎌の投擲を翻すようにかわす。
鎌はフロアに深々と突き刺さり、白煙が立ち上った。
一体どういう性質の鎌なのだろうか。突き刺さった鎌は刃こぼれひとつしない。
亜美は鎌を再び生成し、処理課の皆さんに襲い掛かる。
その勢いは猪の如し。
その速さは豹の如し。
鎌は軽々と振られ、異能封じを施したジャケットが安々と引き裂かれる。
「あれ? 殺せなかったの」
亜美が不思議そうな顔をする。
異能封じを施したせいで亜美の鉄鋼をも断つ鎌の威力はただの草刈り鎌と同レベルの威力しか発揮しないのを亜美は知らない。
しかし亜美は再び鎌を構える。
その隙に課長の合図のもと再び射撃が始まる。
あいにく弾丸一発一発に異能封じが施されているわけではないので攻撃では亜美の急所を狙うしかない。
余談だが異能封じは高い。
弾丸みたいな消耗品に施せるほどお安くない。
亜美は弾丸を交わしながら指揮をとっている課長に襲い掛かる。
その速さはゴキブリよりも遥かに速く、その強さはゴキブリなど足元にも及ばない。
今や亜美はゴキブリとしての地位を完全に脱ぎ捨てていた。
かつては誰もがゴキブリと称し、忌み嫌ったというのに。
今となっては皆が亜美を死神と恐れている。
亜美は髪の毛をもう一本引き抜く。
2mの鎌を形成し、すでに握り締めている鎌の柄と柄を合体させた。
4mの太極。
その姿はJISマークか安全マークと酷似していた。
もしくは音符。
それを亜美は走りながら振りかぶり、フリスビーのように振り投げた。
4mの円盤は周囲の物質という物質をメタメタに切り刻み、課長を襲う。
さらに亜美はその間に髪の毛を抜き、草刈り鎌を山程生み出し、投擲した。
処理課の皆さんは慌てふためきつつも、陣形を立て直す。
課員の一人が亜美の呟きを耳にし、戦慄した。
「ふふふふ・・・ふふふ・・・切って、メッタメタにして・・・ズタズタに・・・うふふふ・・・殺して殺して殺して殺して・・・殺しまくるの・・・」
処理課の皆さんはしかし冷静で、鎌の大群をかわしながら銃を構える。
狙いは亜美の目。
目ごと頭蓋を貫通する。
掃射。
銃撃は正確に亜美の顔面上部を襲い、亜美を殺害せしめんとする。
その時、亜美の理性が回復した。
「・・・・・・・へ?」
実に間の悪い最悪のタイミングで正気になった。
亜美は素っ頓狂な声をあげる。
しかし弾丸が亜美に触れるほんの一瞬。それこそミクロの世界の数字感覚の一瞬、理性が飛んだ。
途端、髪が蛇の如く亜美の顔を防御し、弾丸を弾いた。
ちなみに正気の亜美にこんな真似はできない。
それは耳を自由に動かせる人間と動かせない人間と同じ理屈である。
耳の筋肉は本来自分の意志で動かせる筋肉である。しかし大半の人間は耳が動かせない。
動かし方がわからないのだ。
例えば右腕の動かし方がわからない人が「どうやったら右腕って動くのですか?」などと聞かれても返答に困る。
だって右腕の動かし方なんてわからないもの。
それと同じで、異形ドグラマグラが移植されている亜美の髪は自由に操作できるのだが、生憎正気の亜美は髪の動かし方がわからない。
神経がドグラマグラよりになっているからこそ動かせるのである。
亜美は恐怖で再び理性が飛んだ。
その間、亜美は髪を抜き、今までとは一線を画す一際長い鎌を生み出す。
長さは実に5m。
亜美だからこそ振れる大鎌。
車から降りた二人は飛び跳ねるように走り出した。
「高也、それ何?」
シャトーが怪訝そうに訊ねる。
高也の手には白鞘が握られていた。
しかしなぜか刃も柄もなく、鞘だけだ。
「ああこれか。局長就任の際、先代からもらった異形武器だ」
異形武器。
現在ではローザンヌ条約により禁止されている異形を改造して作った武器。
基本的には剣や銃など身近な武器になったり、あるいは冷蔵庫、コンロといった家電製品まで様々だ。
高也の異形武器は『空鞘』といい、異形イズムルードから作りあげた一品である。
走りながらシャトーが話し掛けてくる。
「しかし、高也、これは、責任、問われるよ」
「大丈夫だ、そのために、コレを、持ってきたんだ」
「何、それ?」
「俺の、責任を、チャラに、できる、魔法の棒、だ」
「それ魔法、なの?」
「くそ、これだから、IEEOは面倒くさい、魔法は、比喩だ、これはロシアの、異形から、日本で、作られた、究極の、武器だ」
高也が局内に入ったその瞬間。
鎌が高也を掠めた。
その鎌の軌道は正確に高也の首の位置を綺麗に通過した。
高也は腰を抜かした。
あと数ミリ近かったら死んでいただろう。
はっきり言って高也は失禁寸前だ。
「が・・・が・・・が・・・が・・・」
高也は声にならない悲鳴をあげる。
亜美は笑う。
「ふふふふ・・・切り損ねたの・・・やっぱり長いのは扱いにくいの」
そう言って5mの鎌を処理課の皆さんに向けて投擲した。
処理課の皆さんは軽快にかわし、鎌は受け付けのカウンターを完全に木っ端微塵にした。
信じられない破壊力である。
それを見た死体処理課は影ながら震えていた。
亜美はまた髪を一本引き抜き、今度はいつも通り2mの鎌を手にした。
途端、理性が回復した。
「・・・・・・・あれ?」
亜美は我が手に握られた鎌を見つめる。
「・・・・・・・へ?」
言葉が出ない。
なんでこんな重そうな鎌をこんなに軽々と片手で持っているのだろう。
わけがわからない。
どうやら理性が消し飛ぶと人格が変わるらしく、二重人格者と同じように記憶が飛んでしまうようだ。
「今だ! 撃てえええええええ!!」
処理課の課長の怒号と共に銃声が放たれる。
恐るべき弾丸が一斉掃射される。
髪の毛に守られているためか弾丸は腰から下に当ったもののみ、亜美に痛烈なダメージを与えた。
「!? ・・・なんなの?」
いきなり撃たれた亜美には何がなんだかわからない。
亜美は無様に崩れ落ちる。
「つっ・・・痛っ・・・はあ・・・はあ・・・痛いの・・・とっても痛いの・・・」
亜美は上半身を海老みたいに反らしながら泣きべそをかいていた。
どうやら理性があるときの亜美は抵抗の意思はないようだ。
腰から下が血に染まる。
しかし幸い異形であるせいか肉体は人間の時より極めて強く、死亡には至らない。
「痛い・・・痛いの・・・死んじゃうの・・・助けてえ・・・」
その苦悶の表情に高也は何か胸に痛みが生じた。
高也はゆっくり亜美のもとへ歩みだす。
しかし処理課の皆さんは極めて冷静に亜美を見詰めていた。
全員発砲準備は万端だ。
しかし目の前に高也が亜美に向かって歩いているため発砲できない。
「なにしてんだ局長は・・・」
課長がぎりっと歯軋りをした。
処理課の皆さんにとって異形や異能が命乞いする姿など珍しくも何ともない。
そんな姦計に惑わされては処理課など勤まらない。
ある異能は全財産を献上し、涙を流して土下座した者や、自分の腕を切断し、無抵抗を証明した者もいたが、例外なく処刑した。
プロの駆除者として高い給料を貰っているのだから仕事に私情を挟むなど言語道断。
しかし高也は違った。
高也は4年しか部署に務めておらず、うち1年は研修なので実質3年である。
しかも高也の部署は異能科学課という異能に関する学術的な研究を行う部署で現場作業など全くわからない。
言ってはいけない言い方をすると、高也は無能なのだ。
表層ではなく根底で。
奇計、姦計を駆使し、先代に取り入り、乗っ取るという真似までしても肝心なところではノミの心臓だったのだ。
失禁寸前の腰抜け野郎、風倉高也は亜美の前まで到達した。
課長が吼える。
「局長! はやくお下がりください! 異形ですよ異形!! 人じゃないんですよ。殺すのは当然でしょうが!」
「そんな事は知っている。俺の目的は別の所だ」
「はあ!? 局長は事務だったのでお判りにならないでしょうけど現場にはあんなのより数段恐ろしい甘言で揺さぶる異形が往訪しているんですよ!!」
「黙れ! ここで殺すと俺が困るんだ!」
そう、ここで亜美を殺すと責任問題になる。
いうまでもなく不当な手段でこの地位に上り詰めた以上死体を転がしたともあればこの地位を降ろされかねない。
一応降ろされても幹部に残留できるがそんな汚点は出したくない。
となると亜美の脱獄をチャラにできる対処をしなければならない。
ドグラマグラを植え付けた以上研究は終了したと判断できる。
そこらへんは3年間の科学課の経験上知っている。
白雪亜美は半怪半人の異形。
逐鹿に勝利するにはこれしかない。
高也は空鞘を構える。
柄もないただの鞘。
それを抜いた。
すると光の棒が出現した。
光の長さはざっと4尺(1m20cm)。
つまり長い。
その光に一同が唖然とした。
柄のない光の棒。
高也も使うのは初めてだ。
「さて、空鞘の力をとくと見てもらおうか」
そう言って高也は空鞘をシャトーに向かって放り投げ、光の棒を逆手に構える。
両手に握り締めた光の棒は黄色く輝き、それを痛みに悶えている亜美の首に髪の毛を貫通して突き貫いた。
「・・・・・・・・・・あれ?」
亜美がそう呟き、意識を失った。
光の棒で突き刺されたというのに傷一つついていない。
しかしあえて何かが変わったといえば周囲に散乱している鎌が全て髪の毛に戻ったことだろうか。
空鞘。
異能のみを抹殺する武器。
現在では異能封じがあるため必要性が薄いが何かに混在している異能を、その部分だけ破壊できるという特化性を持つため自由性が極めて高い。
破壊できる異能は霊種から怪物、悪魔、神、幻想生物まで多種多様。
異能に感応する異形イズムルードをバラして製造した武器。
亜美は目覚めた。
外はすでに日は昇り、眩しいくらいの陽光が差し込んでくる。
無骨な白いベッドから身を起こす。
脚に喰らった弾丸は取り出され、異能治療(保険はきかない)が施されており、痛みは完全に引いている。
「・・・あれ? どうしてこんな所にいるの?」
つくづく今日は記憶がすっ飛んでいる。
「目覚めたんだね。よかった」
圭司が傍らに座っていた。
「いやあ異能治療は高かったよ。貯金全額がパアになった」
圭司がいくら貯金しているのかは亜美にはわからないが、少なくとも自分の全財産をつぎ込んでくれたことはわかった。
「・・・圭司ちゃんだけがあみちゃんの味方なんだね」
「そうとも。俺は亜美ちゃんを裏切らない」
高也は亜美の処遇を決めかねていた。
もう時刻は9時。
とっとと決めなくてはならない。
「ま、死体を出していないからその点は問題ない」
シャトーはぶつぶつと呟きながら思案する。
「高也。その空鞘で刺した場合あの女はどうなるの?」
「ああ、アレは異能だけ破壊する武器だからあのゴキブリ女が異能じゃなければ無傷だ」
「ゴキブリって・・・たしかにそうだけど・・・ま、なら外に出していいんじゃない?」
「は? 出すのか。漏れるだろ」
高也は少し驚愕の表情を浮かべる。
当然だろう。
何のために殺さなかったと思っているのか。
高也は監禁を想定して思案していたというのに。
しかしシャトーは淡々と答える。
「問題はないね。どうやら檻守とあのゴキブリ女は関係があるようだから一緒くたにしてしまえばいい」
「なるほど。さっそく実行しよう」
かくして圭司は更迭された。
もうすぐ昼になろうとする太陽が強く照らめいている。
「追い出されちゃったの、圭司ちゃん」
亜美が笑顔で答える。
数ヶ月ぶりの外気は肌寒かった。
ネグリジェ姿なのだから当然といえば当然かもしれない。
「ま、いいさ」
圭司は上着を亜美に着せ、ぶっきらぼうに答える。
「ふふふふ・・・でもこれで一緒にいられるの」
「そうだよ。これで誰にも亜美を奪わせない」
異形にもランクがある。
基本的にはその異能値Poがその能力の高さに該当するのだがこれは異能封じにおける異能抵抗値であり、純粋な異能の能力とは僅かに違う。
異能封じが可能とする異能抵抗値は最大1000であり、これは神、悪魔といった超別格の能力から『傷つかない』『竜哮』といった常識外の能力までを完全に束縛できる数値を現す。
ただこの抵抗値はあくまで異能の抵抗値であり、異能の格を示すものとは異なる。
しかし異能封じが無効となる能力はその名の如く『全知全能』と『矛盾』の二つだけとされるのが異能の格という認識に拍車をかけてしまっている。
ただ、異能封じとはその原理が自然の法則から逆らう力を強制的に自然に還元するといういわば人工宇宙意思ともいえるもので、中には当然ほんの僅かだけ法則に逆らい、あとは法則に身を任す能力もあり、そういったものは抵抗値が低い。
『風の窓渦』『ツェザレウィッチ・ウーミル』がそれにあたり、その凶悪な能力とは裏腹に抵抗値は以外と低い。
また、その逆もあり、『飛行』『復元』は出鱈目に抵抗値が高い。
そんな能力の状況から鑑みても判別できるように異能のランクはその実績と混合させ、判別する。
たとえば異形の最高位に位置する月草は『言霊の抹殺』という能力と人類に唯一勝利した異形としての実績が最高位に揚げている。
絶対超異形とも呼ばれ巨大な縦社会のボスに君臨する少女ルーン・リメルバ―は第2位に位置しているのは一介の吸血鬼ではなく、吸血種の異形全てを束ねる『皇帝』の地位にいるためである。
当然であるが、ルーンは非駆除対象であり、その理由はルーンを駆除するということは人類と吸血種の戦争になるためである。
それは勝敗云々以前の問題で人類が長い時間をかけて創り上げた慣例と格式を崩落させるものになるため事を起こすわけにはいかないのである。
故に絶対の異形。
また第3位には悪魔、聖使アクリルが該当し、全てを略奪するその魔法によって略奪されたモノの総数は一億に達するともいわれている。
ちなみにこれは全て残存する異形ですでに死去した異形や、地球外の異形は該当しない。
ちなみに夏御蜜柑は全く別の理由で該当しない。
アレは例外中の例外なのだから。