高也とシャトーは疲弊しきっていた。

 場所は飛行機の中。何でも本局において緊急集会なるものが開かれるそうだ。

「別に本局なんぞにいかなくたっていいと思うんだがなあ」

 高也が極めて偉そうな椅子に深々と腰掛けながら呟く。

「愚痴ない。それを言うなら何でわたしが行く必要が・・・」

「秘書だから」

「・・・一人で行って来なさい」

 実に冷たく言い放った。

 

 

 

 IEEO本局。

 かつてここには異能協会が点在していた。

 やっている事は変わらないように思えるが実際のところは全然違う。

 IEEOとはその名の通り異能の排除を目的とした機関であるが、かつての異能協会は財団ようなもので人間の異能化、異形武器の生産と販売、異形の研究とコレクトなどを旨とし、異形の駆除はその課程にすぎない。

 現在でも異能、異形の側から見れば悪の権化かもしれないが、異能協会時代はまさに悪魔である。

 基本的に平穏に過ごしている異形を問答無用で抹殺するのは同じだが、殺すだけで留めてくれるのと、死ぬよりも恐ろしい真似をさせられるのでは微妙ではあるが、確実に別物である。

 特に異形の能力を人間に移植するのは亜美同様正式に禁止されていはいないが、人間を異能にするのは正式に禁止されている。

というより条約では人間を異能にする事は明記されていても、異形と合成する事は明記されていないのだ。

ちなみにそれは当時合成技術が発達していなかっただけの話。

 余談だが異能協会最後の会長にして現IEEO長官魔女レクリエールは人体改造によって異能化し、二つの異能を所有している。

 そのせいか、局内での肩身は狭い。

 本来なら駆除対象であるからだ。

 

 高也が末席に座るとたまたまレクリエールと目が合った。

 その10歳程度の容姿にはつくづく恐れ入る。

 レクリエールは冷たい眼差しを向けるだけでおそらく高也など眼中にもないのであろう。

 高也はその眼差しに何かを感じた。

 得体が知れない何か。

 これが月草事件の数少ない生存者の目だというのだろうか。

 

 時間が来た。

 レクリエールが開会の声明を行う。

「ただいまより緊急臨時集会を開会いたします。議長は私リディア・ヨハネ・レクリエールが務めます」

 レクリエールは車椅子に座ったままだ。

 どうやら立てないらしい。

「まず、最初に吸血レジスタンスによる報復措置についてフランス代表バロー・ロランから報告して頂きます」

 その声と同時に立ち上がり、説明する。

「国内におけるレジスタンスの一掃。指導者アグラス・ロストリア子爵は殺害。結果幾許の逃亡者を除き、抹殺に成功いたしました」

 するとその報告に気を悪くしたのか鈴はお呼びでもないのに口を挟む。

「ふん。だからあの時ルビデをブチ殺してればよかったんだ。帝王を殺してしまえば子爵如き虫けらが反旗を翻すこともなかったんだよ」

 吸血社会は皇帝と、それに仕える王が存在し、ルビデ・パブロ・フレンシス帝は欧州一帯を制圧する帝王。

 中国の皇帝システムと同じである。

 ちなみにお呼びでないものはお呼びでなく、レクリエールが静止する。

「ルビデは非駆除対象だからしょうがないんです。それで、アグラスの腹心、フロイス・スメドレーは?」

「今回の討伐では確認されず、地下活動を続けている模様です」

 しかし鈴がまた口を挟む。

「けっ。とっとと探し出し、ブチ殺してしまえばいいのだ」

「鈴」

「ふん。IEEOに歯向かう者は皆殺しでしょう」

 その言葉に鈴の対極に座るミュンヒグラードが話し掛けてきた。

「その攻撃的な行為のせいで、7年前の復活の灰・ラタタの悲劇を繰り返す気か?」

「黙れ。あれは自殺を求めた47人の頂点が出没しなければ抹殺できたことだ」

「その結果。47人の頂点だけでは飽き足らず、自殺を追った86人の総長にも手をだし、敗走したよな」

 高也には何がなんだかさっぱりわからない。

 その唖然とした間抜け面に気付いたのか、ルーシアが声をかけてきた。

「何ぼーっとしてるの?」

「いや、会話に着いていけなくて・・・」

「うん。わたしもさっぱりわからない」

「え・・・」

 高也の驚愕の表情にルーシアは笑う。

「だってわたしが幹部になったのは去年のことだし・・・復活の灰・ラタタなんて書類上でしか知らないし・・・ましてや47人の頂点や86人の総長なんて何が何やらさっぱり・・・」

「へえ・・・今期幹部になったばかりの俺と似ているな」

「そういえばキミ若いね。どうやって幹部になったか知らないけどわたしと同じで非合法手段を使った? たとえば薬漬けにしたとか」

 などととんでもない事を口走った。

 その笑みはどこか悪魔めいていた。

 高也は確信した。この女は危険だと。

「いや、乗っ取っただけだ。そこまで物騒な真似はできない」

「ふ〜ん」

 

 一方会議は次の議題に入っていた。

「では次にグリモア・ラスボスの確認について・・・鈴、報告を」

「やっと本題に入れるな。皆さんも周知の通りIEEO本局におけるEIP(異能集積探査装置)にグリモア・ラスボスが確認された。場所は・・・そこの末席で他人事面しているガキの土地だ」

 そう言って凄絶な笑みを浮かべながら高也に向かって指をさす。

「え? は? 俺?」

 つい日本語で声をあげてしまった。

 それくらい驚愕した。

「何驚いている。グリモア・ラスボスが日本にいる事はとっくに知っているんだ。ま、さすがに土地は特定できなかったがな。しかしついに昨日サファイアを確認した。間違いない。あれはグリモア・ラスボスだ」

 高也はルーシアに小声で訊ねる。

「ねえ君」

「君じゃなくてルーシア・セモイラ。・・・で何?」

「この前は聞きそびれたんだがグリモア・ラスボスって何者?」

 ルーシアは笑った。

 明らかに人を哀れむ笑み。

「ああ、そうだったわね。グリモア・ラスボスってのは・・・」

 ルーシアは説明を開始した。

 

 グリモア・ラスボス。

 蒼い獣と称される異形。

 大きさは1.6mと月の輪熊より少し大きめ。

 全身蒼色で容姿は虎に似ている。

 ただ、角を持ち、その角は50pほどで牛の角と違い、ニードルというか道路工事やスポーツでよく使うコーンと同じ形状。

 知能は人間と同格。

 主に猛牛か猪のように突撃して攻撃する肉食獣。

 ここまではただの新種の動物にしか見えないがこの異形には特殊能力がある。

 この異形は人間に変化することが出来るのだ。

 しかも自由自在に。

 故に発見が極めて困難であり、人間時だと社会に溶け込んでいるので異能と勘違いされやすい。

 ほっとけば別に害はない。

 もっともこれが異形であるならば問答無用で殺すのだが。

 しかしそれだけの事で何故ここまで彼らが血眼になるのか。

 

「何故?」

「それはグリモア・ラスボスの角がサファイアでできてるから」

「は? サファイア?」

「そ、コーンみたいに大きなサファイアが二つついてるの。しかもグリモア・ラスボスのサファイアは異能が沢山内包しているから異形武器に最適だし、なまじ宝石な分利用法は無限に等しいかもね。それに・・・」

「それに?」

 高也がずいっと身を乗り出す。

 一方鈴はグリモア・ラスボスの詳細な報告を行っていた。

「かつてグリモア・ラスボスは2頭いたの。でも1頭は異能協会の連中に殺されて角を異形武器サファイアブレードを作ったんだけどもう1頭がブレードを盗んで行方を眩ました。問題はそのサファイアブレードをあの中国人が欲しがっているのね。あいつ異形のコレクトが趣味だから。一度あいつの貯蔵庫いけばわかるけど・・・すっっっっっっっごく気色悪いから」

 そのすっごくの貯めの長さがルーシアの嫌悪感を切実に表現していた。

「へ? ひょっとしてあのおっさんがあんなに血眼になっている理由って異形武器一個のためだけ?」

「そう。あの中国人時価数億で取引されている異形武器を買い漁ってるからね。ああ反吐がでる・・・・・・そういやキミの名前は?」

「ああ、風倉高也だ」

 一方鈴とミュンヒグラードは口論に入っていた。

 レクリエールはすっかり疲弊しきっている。

「黙れ黙れ黙れ!! この私に楯突く気か!?」

「大声をだすな鬱陶しい。自分の私腹しか肥やさない個人主義の権化めが。一重に『捕獲』に拘るのはあれか? サファイアか? それとも剥製か? 貴様の悪趣味に付き合う気は毛頭ないという事だ。グリモア・ラスボスは駆除する」

「ふざけるな!! グリモア・ラスボスの生み出す純益を理解できないのかこのイモ野郎! あの測定不能の価値をもつアレをむざむざ殺す馬鹿はお前くらいだ!!」

「戦争屋のお前が言うか! ルビーではないんだ! だいたい二つ合わせてもせいぜい30億フランだ! いや、そこまで行くか!?」

「馬鹿が、あのサファイアは宝石としての価値はどうでもいいんだよ! ふん、だいたい決めるのはお前じゃない。おい! そこのユダヤ人。捕獲か駆除かさっさと決めろ!!」

 そう言って鈴が異能排除決定権を持つマインベルグを顎でしゃくる。

「そ・・・それは・・・」

 基本的に無派閥であるマインベルグは答えを決めかねていた。

 その苦悩を察したのかレクリエールが合いの手を入れてくれた。

「はあ・・・わかりました議長権限で私が決めます」

「なんだと!?」

 鈴がすさまじい形相でレクリエールを睨む。

 さすがにその形相に怯んでしまった。

「わ、私は腐っても長官です。鈴にとやかく言われる筋合いはない」

 鈴の表情が一際不機嫌になる。

「貴様・・・異能の分際でずいぶん横柄じゃないか」

「・・・・・・・・・」

「化物はすっこんでいろ!!」

 鈴の怒号が部屋中に響き渡る。

 この時高也はレクリエールの立場の弱さを何となく理解した。

 しかしレクリエールは毅然とした態度で告げた。

「鈴。確かに私は異能には違いありません。しかし貴方より立場は上だ。座りなさい」

「あ!?」

「座りなさい!」

 途端、鈴がすべるように椅子に腰掛けた。

 高也には何をしたかはわからないが鈴の表情が一層険しくなったのはわかった。

「この化物が・・・」

 レクリエールは冷たく鈴を見下ろしている。

 ルーシアは引きつった笑みを浮かべている。

 高也はどうしても気になったのかルーシアに訊ねた。

「一体何をしたんだ?」

「魔女レクリエールの魔女たる事をしたの」

「つまり・・・異能を使ったのか」

「そ」

 レクリエールは言った。

「グリモア・ラスボスは日本代表が捕獲。捕獲に失敗した場合は駆除。捕獲、あるいは死体は本局へ送還。これで文句はないでしょう鈴」

「・・・ちっ」

 鈴はすごく不満そうに舌打ちしたものの、とりあえず承諾した。

 ルーシアは呟いた。

「あれでも清華大学の主席なんだよね」

 清華大学。

 中国最高の大学で中国人の根底心理における科挙と同じ理屈で、そこの大学に進学するということは社会のエリート、支配者階級を約束されるという事。日本における東大の価値をエスカレートさせたといえば判りやすい。

 高也はどこか納得できた。

「なるほど、どうりで。あそこは東大とはわけが違うからな」

「東大って私の母校ケンブリッジとどっちが上?」

「ケンブリッジ」

 即答だった。

 そもそも東大なんか国家公務員か学者くらいしか役に立たず、日本一社長を輩出している大学は日本大学である。

 国王を輩出しているケンブリッジとは格が違う。

 清華大学と比べても、合格すればまず間違いなく社会の成功者になれる清華大学と違い、東大は合格したからといって絶対に社会で成功するとは限らない。

 そもそも東大の偏差値は77〜81であり、努力すれば合格できるが清華大学は少年班入りするような神童か飛び級で一気に駆け上るような秀才でもなければ極めて難しい。

 余談だが国家主席も清華大学に飛び級で入っている。

 そんな大学で主席ともなれば傲慢でも仕方ないというもの。

 ただ、東大はアジアの大学ランキングで1位であり、全世界を見回しても19位という堂々の地位にあるため、純粋なランクでは清華大学よりも格上なのだが、生憎高也はその事を知らなかった。

 高也は冷たいため息をついた。 

 

 

 

 その頃亜美と圭司は温泉旅行で若菜市にいた。

 せっかくの旅行なのだからこんな近場でなくてもいいような気がするが、何となく若菜市が選定された。

 亜美はやはり全身真っ黒であった。

 ちなみに占いの結果はすでに忘れたらしく、平然と黒づくめだ。

「そういえば亜美ちゃんは黒好きなの?」

 圭司は人としてこの疑問を口にせずに入られない。

 二人は町をぶらつきながら適当な所に立ち寄る。

「うん」

 二人が足を止め、とりあえずこの店に入ってみる。

 タルト専門店らしい。

 店の外観は少し小さいが幾許かの高級感を漂わせていた。

 その店の名前は『サファイア』とあった。

「いらっしゃいませ」

 店主――仮名栄美が抑揚のない平素な声でそう迎え入れた。

 圭司と亜美は店内に入り、まず目を奪われたのは壁にかけてある常識を逸脱したとしか思えない程巨大なサファイアだった。

 どういうわけかそのサファイアは棒のような形状になっており妖気のようなものを感じる。

 亜美は思わず栄美に尋ねた。

「これ、本物?」

 偽物の細工品にしか見えないそれを見て、しかしその宝石が放つ妖気に偽物性を感じえない。そんな葛藤がこんな素っ頓狂な質問を生み出した。

 栄美はまたか、といった表情を浮かべ、少し困ったような笑みを浮かべながら『いつもの答え』を発した。

「いえ、イミテーションですよ。そんな大きなサファイアがこの世に存在するわけがないしょう」

 しかし亜美はそのサファイアをどう見ても偽物には見えなかった。

 かつて異形だった名残か明らかにアレはおかしいと感じさせた。

「まあ、とにかく決めようか」

 圭司が完全に石化し、驚愕の眼差しを向けている亜美の肩をぽんと叩き、促した。

「え!? あ、うん」

 亜美はどきりと痙攣し、硬直から開放される。

 しかし気を落ち着かせていても硬度9を誇る宝石、蒼碧に輝くコランダム。しかし壁に展示されてるあの巨大なのは鉄やチタンが少ないせいか、かなり透明に近いそのサファイアを見つめていた。

 本当に極僅かの鉄とチタンのせいで黄色と赤の光を吸収し、ぼんやりと蒼くなっている。

 かなり純度が高い。

 しかし偽物にそんなわざわざ色あせたサファイアを販売する会社があるだろうか。

 しかもこんな巨大なものを。

 それに本来サファイアを製造する際は鉄とチタンを混ぜ、色を出すのだが角が無く、棒状になっている以上手を加えたのは間違いないのに色が薄い。

 そんな偽物あるのだろうか。

 しかし亜美は当初そんな事に怪訝していたが、あのサファイアを見ていると次第に冷静になっていき、精神が安定していった。

 祈りと内省の象徴としての力であるのだが、それはアレが本物である何よりの証拠に他ならない。

「亜美ちゃん。いつまでもアレみてないでさっさと決めろよ」

「え? ああ・・・そうなの・・・じゃあ」

 亜美は識別してゆく。

「うん。黒胡麻がいいの」

「胡麻?」

 亜美が選んだのはごまのタルト。

 胡麻を練りこみ、黒胡麻を擂ってまぶした一品である。

 ちなみに圭司が選んだのはリュバーブのタルト。

 理由、名前がよくわからなかったから。

 ちなみにリュバーブとはヨーロッパで蕗を意味する。

 季語は夏。

 つまり、季節違いのメニュー。

 しかし少なくとも納豆やうなぎやトンカツをあんみつと合体させるどこぞのあんみつ専門店に比べれば、それこそ天地以上の差があるだろう。

 

「おいしいの、圭司ちゃん」

「それはよかった」

 結論から言って圭司は蕗が嫌いだった。

 もう少し考えてから注文すればよかったと思う。

 しかしもはやアフターカーニバル。後の祭りである。

 圭司は乾いた笑いをしながら亜美の食事を見つめていた。

 

 

 

 会議後。

 高也は突如として鈴に拉致された。

 人気のない所まで連れて行かれ、胸倉を捕み。

「ガキ!! 貴様グリモア・ラスボスを殺してみろ・・・貴様の両手両足をぶった切ってビクトリア海峡に投棄してくれるからな!!」

 などと実に物騒極まりない事をのたまった。

「え・・・いや・・・その・・・」

「いいか。お前は何もするな。私が派遣する部隊に全てを委ねろ。もし貴様の下郎共が出撃した瞬間・・・大陸間弾道ミサイルを貴様の局に叩き込んでくれるわ!!」

 高也は驚愕した。

 このおっさんは何でそこまで血眼になっているんだ。

「何呆けた顔をしている? そんなにミサイルを喰らいたいのか。何がいい? ここは王道のICBMがいいか?」

 ぶるぶるぶるぶると高也は思い切り首を横に振る。

 鈴の目が狂気を宿していた。

「腰抜けが。あまり私を立腹させないことだ。私の権力は共産党のNO.3にも匹敵するのだぞ」

 そう言って高也を突き飛ばし、かなり苛立ちながら消えていった。

 高也はしばらく震えていた。

 するとルーシアが何故か愉快そうに笑いながら高也の前に現れた。

 その屈託のない微笑みに高也は少し憤りを覚えた。

「あの中国人に何されたの?」

 ルーシアは判りきったことを口にする。

「・・・・・・・・」

「そんな顔しないでよ。冗談冗談。まあ立ちなよ」

 そう言って手を差し伸べる。

 高也ははあ、とため息を着いてルーシアの手をとった。

 

 

 

 鈴は車の中で笑っていた。

「ふん。どいつもこいつも私の目的をただの異形のコレクトとしてしか見ていないとはな。滑稽だ」

「ボス?」

 秘書がその独り言に反応した。

 しかし鈴は続ける。

「お前には話しておこう。私の目的はIEEOの頂点に立ち、化物共を屈服し、異形世界を支配し、その勢いで中国を、ゆくゆくは世界を支配する。あと30年後には私の住む上海こそが世界の中心となり、私は皇帝になるのだ」

「・・・・・・・・・・」

 秘書は絶句した。

「古来より中国を支配すれば世界を支配できると謳われてきたが、それは幻想だ。日清戦争・・・いやアヘン戦争の頃からその理念は幻想であると証明された。だが、中国には他の国にないものを持っている。・・・わかるか?」

 突如話をふられて困惑する秘書。

「・・・いえ・・・・・・・」

 鈴は笑う。

「それは広大な国土、溢れる人口、そして正義だ。くわえて21世紀の今、中国は世界から物資が集中し、市場が跋扈し、同時に人材には事欠かない。あとは化物共を統制すれば莫大な力を手中にできる。異能はなんだかんだ言って人類を超えているからな。それを我が物にすれば世界を手にする事など造作もない。異形を支配すれば人類を支配できるのだ」

 鈴はそう言って水差しから水を汲み、口を注ぐ。

「我が中国支局は他にはない軍勢と兵器を手中している。くわえて条約を無視し、今年に入っては異形『兵器』の開発も進み、昨年より10%も増勢した。世界を私のものにする日も近い。いずれ超大国にさえ勝利せねばならんのだからな」

 秘書はもう、正常な意識を失ってしまった。

 鈴は非常に愉快そうに笑う。

「もちろん、世界を支配した暁の玉座に座るのはこの私だ」 

 

 

 

 夏御蜜柑という存在について。

 世界各国で目撃されている全知全能の存在。

 IEEOでは完全に『無視』している存在。

 まるでニトログリセリンのように最細、最大の注意を払わなければならない存在。

 人類などという矮小極まる存在では相手にもならない。

 その気になれば有限世界全てを一瞬で消滅させてしまうほどの力をもっているため、どうあがいてもどうにもならない。

 その存在原理は矛盾。

 矛盾が具現化した存在。

 しかも夏御蜜柑はどういうわけか世界中に出没し、無関係の市民を異能化したり、殺害したり、あるいは願いを叶えたりと極めて傍若無人に振舞っている。

 また、過去を改竄したり世界の倫理をねじ変えたりと個人はおろか国家レベルにおける大災害を平然と発生させるため誰もが夏御蜜柑を悪魔と信じて疑わない。

「いいじゃん、地球なんかいくら壊しても直せるし」

 そんな一言で夏御蜜柑は誰に気兼ねする事無く日夜人類を脅かし続けている。

  ちなみに様々な傍若無人な振る舞いの中で、1つ例を挙げてみる。

  これは夏御蜜柑の自称と、数少ない証言者と、異能武器リアルゲートの効果性から「ま、夏御蜜柑なら・・・」という結論に至ったものがある。

  何でも数ある平行世界の中にある1つの地球に、『夏御帝国』なる国家が存在するらしい。

  言うまでもなく夏御蜜柑が建国したもであると思われ、証言によると夏御蜜柑の独裁国家だとか。

 400年近く夏御蜜柑が皇帝として君臨し、文字通り生き神様として権勢を振るっているらしい。

 次々と近隣諸国を制圧し、吸収し、建国してわずか10年で超大国にまでのし上がり、『夏御主義政策』を推し進め、宗教の絶滅を図った。いうまでもなく夏御蜜柑の一神教政策である。

 それによりレッドパージならぬグリーンパージ(夏御主義狩り)が世界各国で発生し、ついには大国間の戦争にまで発展した。

 3つの超大国を相手に3度も戦争を起こし、そしてその全てに夏御帝国は勝利した。

 夏御帝国の国旗が翻るかつての大国。

 寺院も、教会もすべて焼き払われ、夏御蜜柑が神として世界を征服する恐るべき世界。

 だが、現在でも先の戦争で敗戦したにも関わらず1国だけ賢明に夏御蜜柑と対立している国があり、それに呼応するように次々と近隣諸国が独立。

 現在も冷戦が続いているそうだが、はっきり言ってこれが事実だとするならばIEEOからしてみればこっちの地球でなくてよかったとしか言い様がない。

 何故なら、夏御蜜柑に勝つことなんて絶対にできやしないんだから。

 




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