フランドールは走り出した。

 玄関は―――鍵がかかっていた。

 当たり前である。

 フランドールは冊子や窓を隈なく探していく。

 すると、鍵のかかってない窓を発見した。

 格子がついている窓だった。

 フランドールは笑う。

「無用心な」

 フランドールは格子を力で歪ませていく。

 1本の格子を力づくで引き抜くのだ。

 一見して不可能に見える作業であるが、実際は壁に足をつけ、梃子の原理で引っ張っているのでほどなくして格子は外れた。

 ガン、という音がした。

「痛った」

 少し手が痺れたがまあ、大丈夫だろう。

 格子は1本外れれば悠々と潜る事が出来る。

 基本的に肩が通れば全身通る。

 

 入った途端、刺激臭を相殺する脱臭剤の臭いが立ちこもった。

 そこはトイレだった。

 フランドールはトイレを出ると、その高級感漂う家内に幾許か辟易した。

 しかしフランドールは走り出し、部屋を一つ一つ開けていく。

 現在の心理として「預金通帳でもいいな」という選択肢が生まれた。

 しかしそれは呆気なく頓挫する。

 預金通帳は地下シェルターの中だという事が判明したからだ。

「何で民家にシェルターがあんだよ!!」

 フランドールは激昂する。

 見た所かなり厳格なシェルター。

 おそらく核戦争にも耐えうるだろう。

 扉ときたら銀行の金庫顔負けである。

 これではおそらく機関銃で乱射してもビクともすまい。

 しかしまさか貴重品がすべてここにあるとは思えない。

 フランドールは再び家の中を捜索した。

 発見できたのは例の武器満載の部屋と3万5780円が入った貯金箱だけだった。

 これでは空港までの運賃にもならない。

 しかしその武器満載の部屋はフランドールの予想を遥かに越えて凄まじかった。

 まさに武器庫というに相応しい顔揃い。

 フランドールは手当たり次第武器と弾薬を手にする。

「・・・・・・・・・・・」 

 金庫に眼が止まった。

 しかしこの金庫は先ほどのシェルターと違い、家庭用の金庫だ。

 フランドールは短機関銃を乱射してみる。

 金庫はかなりボコボコになった。

 それを剣をもってこじ開ける。

 金庫は無残にも壊れた。

 中には大量の手榴弾や地雷といった超危険な爆薬が大量に鎮座していた。

 フランドールの背中に冷たい汗が迸った。

 彼女の胸中に去来した感情は一体何だろう。

 フランドールはしばし硬直していたが、気が抜けたと同時にため息と共に吐き出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・危なかった・・・・・・・・・・・・」

 

 とりあえずフランドールはシェルターに挑戦していた。

 しかしさすがは核対応。

 いくら重火器で攻撃しても全く動じない。

 フランドールは弾薬の節約のため、シェルターは諦め、家内を見回した。

 一見して広い。

 取り遇えず帰ってきたらここに立て篭もって逃亡するための交渉を・・・とも思った無理だと判断した。

 天井が高く、3階までしかないため、IEEOの局員が総動員してきたらいくら広いといっても所詮民家。一瞬で制圧されてしまうだろう。

 バスジャックが失敗した理由と少し似ている。

 どこかに篭城に適した場所はないだろうか。

 フランドールは重い荷物を引きずりながら外にでる。

 すると、2人が帰ってきた。

 フランドールは己の異能、『太陽の線』を使い目くらまし、2人のうち1人の拿捕に成功した。

「きゃああああ!!」

 その甲高い悲鳴が鬱陶しかったのか気を静めるために銃声を鳴らした。

「!!」

 2人はその音に硬直してしまった。

 フランドールは徐に1人を車に押し込み、自分も乗車する。

 外にいた1人、水村菓子は車に近づこうとするが、フランドールが拳銃で牽制し、近寄れなかった。

 車はするすると車庫を抜け、逃走した。

「なんと・・・」

 菓子はしばし絶句していたが、その後は迅速な対応で高也に連絡を取った。

 

 

 

 その電話はまさに凶報と言って差し支えない。

「高也くん!」

「え、ああ水村さんか。どうした?」

「他屋が異能に誘拐されたの!!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 一瞬、わが耳を疑った。

「何いいいいいいいいいいいいいいい!?」

 その絶叫にシャトーがどきりとした。

 高也が電話を切り、シャトーに顔を向ける。

 シャトーはそんな高也の表情は初めてだった。

「今すぐ駆除課を編成し、若菜市へ向かわせろ!!」

 

 

 IEEO日本支局は天地県宿木市に存在する。

 人口26万人の、まあそこそこの市といえるだろう。

 少なくとも若菜市とは比べ物にならない。

 高也とシャトーも車に乗り込み、若菜市を目指した。

 駆除課の連中は凄まじいの一言だった。

 装甲車やヘリが大量に跋扈しているその異様な光景は、老人がみたら心臓麻痺は必至であろう。

 しかし何か足らない。

 そう思って戦車と戦闘機を追加した。

 本来異能にそんな真似は絶対にしないのだが、気が荒ぶっているせいか、つい、フル装備で進軍してしまった。

 敢えて言うが基本的に異能駆除は、現地にいる下請けにやらせるものだ。

 屋敷家がいい例である。

 異形でもない限り駆除課の皆さんが進軍するなど有りえない。

 いくら日本が世界最弱の異形駆除国とは言え、その軍事力は決して馬鹿にしたものではない。

 というより中国や英国のようにその国の総軍事力を超越するほどの軍事力を保有している事自体が異常なのである。

 

 

 

 フランドールは探していた。

 篭城するに相応しい場所を探していた。

 すると、隣で他屋が質問してきた。とりあえずフランドールの容姿から鑑みて英語で。

「貴女一体何?」

 しかしフランドールはぴしゃりと言い捨てた。

「黙れ」

「な・・・」

 他屋は絶句する。

 フランドールは程なくして廃ビルを見つけた。

 取り出した拳銃で閉じられたガラス戸を叩き割り、車を止める。

「出ろ」

 フランドールが他屋を連れ出そうとする。

 しかし他屋は頑なに拒む。

「そんな申し出に従えるわけが・・・」

 その言葉の直後、フランドールが光った。

 その光力はかなりのもので他屋は感応を麻痺させられた。

 光に逆らえる生物はいない。

 殺傷力こそ皆無でも、人間を束縛する事くらいなら朝飯前という事だ。

 フランドールは重い重火器を引きずりながら他屋を背負い、階段を上っていく。

 真剣に考えてかなりきつい。

 最上階まで1時間もかかった。

 ちょうど重火器の設置が終った頃に、IEEOの連中が現れた。

 早すぎだ。

 

 

 

 高也が到着した時にはすでにこちらも配置は完了していた。

「で、あそこに姉さんを拉致した異能がいるんだな」

「そうなるね」

 高也の眼に殺意が宿る。

「今すぐ異能を駆除してくれる」

 高也は部下たちに号令をかける。

「あのビルを占拠し、異能だけを殺せ! いいか、人質には傷一つつけるな!! もし傷一つでもつけてみろ、お前等全員島流しだ!!」

 

 

 

 下ではかなり物騒なものが大量に鎮座している。

 戦車、装甲車、高射砲、上を見るとヘリに・・・・・・あれは攻撃機かな。

 まあ、ここまで馬鹿正直に包囲する所を見ると日本の局長は愚者なのだろう。

 少なくとも英国では暗殺主体なのでこんなに仰々しくない。

 日常生活の最中、突如狙撃される事など茶飯事もいいとこだった。

 買い物のために外出したら最低5回は命を狙われたものだ。

 ある時は電車に突き落とされ、ある時は窓から撃たれ、ある時は通り魔を装い、ある時は店の料理に毒を盛られた。

 それに比べたらどこから襲いかかるのかわかる分天国にも等しい。

「ねえ、どうしてわたしを襲ったの?」

 途端、後ろから声がかかる。

 他屋の声だ。

 他屋はとりあえず縛り上げているから逃げることはないだろう。

 フランドールは短機関銃を構えたまま他屋を見る。

「ワタシには金がないし、銀行を襲う時間もないし、だからこれしかなかった」

 簡素な声。

 抑揚がない。

「は!? 全然意味わかんないんだけど」

「それ以上の詮索は無用だ」

 フランドールが眼下を見下ろす。

 すると、局員が侵入してきた。

「これをつけとけ」

 それは目隠しだった。

「な、何よこれ?」

「・・・・・・眼が見えなくなりたくなかったら大人しくつけとけ」

 フランドールはそう言って強引に縛り上げている他屋に目隠しをつけた。

 その直後、フランドールは発光した。

          

 

 

 誰もが絶句した。

 ビルが光った。

 正確に言うとビルから目映いばかりの光が漏れたのだ。

 黄色い悪魔。

「うわっ!」

「なっ!?」

 誰もがそのおぞましい光量に眼を閉じ、屈んだ。

 眼が潰れるかと思った。

「な、何事だ・・・」

 高也がかなり錯乱した様相でそう呟く。

 かろうじて理性を保っていたのかシャトーは理知的に答えた。

「これが、あの異能の能力なんでしょ。つまりこれが」

「太陽の線か・・・」

 予想していたのは全く違っていた。

 せいぜい体がライトみたいに光るだけだと思っていたのが失敗した。

 これは強烈だ。

 閃光弾どころの騒ぎじゃない。

 まさに太陽。

 ん、ということはビルの中は・・・。

 そんな高也の不安は的中した。

 

 

 

 ビルの中はまさに太陽の中。

 全ての局員がその進行を止め、屈み、僅かな闇を求めた。

 眼を瞑っても光の暴力は留まる事を知らず、眼球を汚染する。

 だれも進行も後退も出来なかった。

 皆その場から一歩も動けない。

 閃光弾のように一瞬の光撃でも人間は動けなくなる。

 それが永続しているとなると、闇と違い目は慣れない。

 下手に眼を開けると眼球が破壊される。

 まさに地獄。

 

 高也は連絡を取った。

「おい、お前等今どこにいる?」

 高也はビルを見る。

 ビルはとんでもない光り方をしていた。

 ビルの隙間という隙間から見ているだけで目が瞑れそうな光線が放出されている。

 電話からかすかな悲痛を伴った声が聞こえる。

「何? まだ2階? よし、戻ってこれるか!? 無理!?」

 さすがに光が強すぎて動けないらしい。

「そうかわかった! じゃあ絶対に動くな!! え? 動けない? それでいい」

 高也はそう言って電話を切り、戦車部隊に命じた。

「いいか、最上階は砲撃するな! 真ん中を砲撃し、ビルを壊せ!!」

 それと共に鳴り響く轟音。

 

 

 

 フランドールはその攻撃に驚愕した。

 まさか戦車を使うとは思わなかった。

 ちなみにフランドールはこの光にはびくともしない。

 とりあえず、ビルを破壊されたら困るので要望を伝えるためにスピーカーを取り出し、叫んだ。

「無駄だ。それ以上の砲撃は人質を傷つけるぞ!」

 その声に反応した高也が同じくスピーカーを手に取り、話し始めた。

「フランドール・ティア。お前が篭城したって無駄だ。篭城は充分な蓄えがなきゃ意味がない。おとなしく武装と異能を解除し、速やかな投降を」

 そう言い終わる前にフランドールが激昂する。

「できるか! 投降したら本国へ送還する気だろうが。素直に投降した所でお前等はワタシを殺す事には変わらないだろうが!」

「そう悲観することはないだろう。何なら俺が英国局長を説得してやってもいい。いいから投降しろ、投降すれば命までは取らん。約束する」

「嘘をつけ。あの局長がどれだけ異能を殺してきたか知らないわけないだろうが。あの悪魔の望みは異能の絶滅と公言しているんだぞ! 殺さないわけがないだろうが!!」

 高也は頭を掻く。

 確かにルーシアは間違いなくフランドールを殺すだろう。そもそも送還しろ、ではなく殺せ、と依頼してきたんだ。そんな殺し屋に真っ当な反応は期待できない。

 それよりも異能の絶滅を公言しているというのは初耳だ。しかしルーシアってつくづく危険な人物だったんだなあと高也は納得する。

「じゃあ、お前は何が望みなんだ?」

「逃亡に必要な資金とそれに至る交通手段、つまり飛行機だ!!」

「あ〜わかった。わかったから投降しろ」

 高也がそう言った直後、ビルを爆撃した攻撃機が出撃した。

 ちなみにどうでもいいことだが戦闘機はF、攻撃機はA、爆撃機はBである。

「な、何だ!?」

 それは、自分の攻撃機ではなかった。

 IEEO本局が取得している異能封じを施した超音速攻撃機。

 それが2機。確かにビルを爆撃した。

「それが答えか!」

 フランドールが激昂する。

 しかし高也のせいではない。

 あの攻撃機は何事だ。

 すると攻撃機の1機が離陸する。

「殺せとあれほど言ったでしょうが」

 そこの後部座席から粛清夜叉、殺戮暴君、悪逆無道。ルーシア・セモイラが姿を現した。

 ルーシアは高也をグーで殴った。

「異能に言い負かされてどうするの。これからは私が指揮する。風倉はあっち行ってて」

「な!? 何言ってんだお前! そんな事出来るわけないだろう!!」

「あっそ。なら私がもってきた攻撃機で攻撃するから」

「な、待て、人質がいるんだぞ!」

「・・・・・・それが?」

 ルーシアは笑った。

 とてつもなく冷たい笑み。

「別に人質の1人や2人ものの数ではないわ。私もある異能を駆除する際15人もの犠牲を出したものよ」

「いや、お前の尺度はどこかおかしいぞ!! 異能1人のためにどうしてそこまで」

「うるさいわね。・・・・・・わかったわ。じゃあ外からのミサイル攻撃はやめてあげる。だから部隊貸しなさい。私が指揮を取るから」

 ルーシアは苛立ちを隠す様子もなくそう答える。

 高也はそんなルーシアに少し呆れながらも部隊を貸し与えた。

「しかしどうする気だ? 高射砲で穴でも開けるか?」

「まさか。内部進入に決まってるじゃない」

 その何を当たり前の事をと言わんばかりの口調に高也は絶句した。

 あの光の中を進入?

 気でも狂ったのかこいつ。

 しかしルーシアは笑う。

「異能封じのスコープくらいあるでしょ?」

「そんなもんねえよ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 今度はルーシアが絶句した。

「この馬鹿! 前もって言ったでしょ、フランドールは太陽の線だって!!」

「だってまさかあそこまで光るなんて誰が思うか!!」

 高也が指差したその向こうでは光が爛々と照らめいている。

「くそう・・・じゃあ全軍目隠しと発信機をつけなさい」

 ルーシアは気を取り直し、そう命じる。

 しかし局員たちは困惑している。

 それはルーシアの台詞は実際は英語であるためだという事も起因しているのだろうが、それ以上にその内容があまりにも出鱈目である事に困惑したほうが大きいのだろう。

 ルーシアはそんな局員たちに冷たく言い払う。

「何、全員英語できないの? じゃあ日本語で言ってあげるわ」

 こほんと息をつき、拙い日本語で言う。

「コレつけて目隠ししてあの中に入る」    

 そう言ってルーシアは発信機を手のひらに見せつけた。

 高也が冷静に突っ込んだ。

「いや、英語が判らないんじゃなくて、お前の言う所の意図がわからないんだ」

 ルーシアは何だ、と言った然で納得する。

「ああ、そんな事。要するに貴方たちが駒で私が棋士。つまり、私の命令通りに目を瞑ったまま動けって事」

「無理言うな」

「無理じゃないわよ。だって敵は異能1人なんだから。例え何らかの攻撃をしてきてもフランドールがいる最上階までは攻撃はないわ。そこからはこちらが中と外で攻撃する」

「中にいる部隊は?」

「まず外から高射砲で牽制し、中からは機関銃を乱射。フランドールが外にでてきたら戦車で殺してめでたく箔がつくという寸法よ」

「なるほど。フランドールは所詮発光するしか能のない異能。しかし下手に牽制したら人質を殺さないか?」

「大丈夫よ。人質は生きているから価値があるのであって、殺してしまっては自分から殺してくださいっていう何よりの証」

「そうか・・・しかし中から機関銃を乱射したら人質・・・つーか俺の姉貴に当らないか?」

 姉という言葉にルーシアが反応する。

「ああ、人質って風倉の身内なんだ。どうりで諸共殺すのを渋るわけだ。じゃあ少し変更しましょう。とりあえず機関銃は当てないで音だけによる牽制。高射砲でビルに大穴開けて、そこから別働隊が上空から進入。人質を拿捕。そして異能を機関銃で蜂の巣にしてめでたしめでたしと・・・これでどう?」

 とにかくフランドールを殺すのは変わらないのか・・・。

 高也はため息をついた。

「それでいいか。失敗したら責任はお前が負えよ」

「ふっ貴族の誇りにかけて約束するわ」

「・・・・・・お前、貴族だったの?」

「知らなかった?」

 ルーシアは自慢げに胸を張る。

 

「さあ、行きなさい!」

 ルーシアの号令のもと文字通り闇雲に局員たちはビル内に侵入した。

 高也は遠くからそれを眺めていた。

 そんな様子を察してか、シャトーが近づいてくる。

「結局何もできなかったね」

 シャトーは無様な高也の表情を窺う。

 おそらくいつものようにやきもきしているのだろうと思ってだ。

 しかし、予想は外れた。

 高也は笑っていた。

 

 

 

 おそらくIEEOの局員は気付いていない。

 ワタシが武装している事に。

 当然だろう。この武器は全て現地調達なのだから。

 IEEOの連中は異能を軽視するきらいがあるが、武器を持った凡人と武器を持った異能のどちらが脅威か、思い知るがいい。

 ワタシは全ての罠を確認し、短機関銃のカートリッジを差し込む。

「たまにはいつもワタシ達がやられている事を体験してみるがいい」

                             

 

 

 長官にレクリエールがいる。

 また、幾多の局長もいる。

 従って、次官もいるのである。

 しかし一介の局長にすぎない鈴やミュンヒグラードが時期長官であることは、常務が社長になるようなものだ。

 無論、そういう事はよくある事なので問題ではないが、では次官である専務、副社長クラスの人間は一体何者なのであろうか。

 鈴曰く「無能者」。

 ミュンヒグラード曰く「役立たず」。

 ルーシア曰く「人形」。

 レクリエール曰く「人選を誤った」。

 高也に至っては「え、いたの!?」。

 そんな悲惨な人間、ハリス・ストローはいつもベッドで怯えていた。

 一応次官は2人いるがもう1人は本当に役立たずだったので閑職扱いにしている。

 ハリスの場合は休養扱いであり、事実上IEEOに次官はいない。

 その代理を鈴とミュンヒグラードが行っていたからこそ、この2人は2番目の権力を持っていた。

 しかし鈴の死によって新釜がきたがとても鈴の代わりにはならない。

 何だかんだいっても鈴は仕事はパーフェクトだったからだ。

 そのため、休養扱いだったハリスが再び次官の席に座った。

 彼の精神は磨耗しきっていた。

 昔は違った。

 もう1人のクズと違いハリスは仕事は鈴ほどではないができた。

 だが、復活の灰・ラタタなる異形の駆除に失敗し、そのショックで精神に重大な傷害が出来てしまった。

 それ以来精神病棟で寝たきりの生活だったのを戻された。

 彼にはもう、仕事のモチベーションなど欠片も持ち合わせてはいなかった。

 レクリエールは早いところ次官を決めなければならないのだが、鈴が死んでしまったので代理になる器がいない。

 とりあえず、ミュンヒグラードを次官にして、もう1人のクズの代理を誰か選抜しようという思惑があるとかないとか。

 ようするに、ハリスはその間の繋ぎとして戻されたのだ。

 彼にしてみればいい迷惑である。

 彼の脳裏には復活の灰・ラタタしか存在しない。

 あの禍々しい異形。

 吸血種でもないくせに吸血社会に存在する異形。

 復活の灰・ラタタとは、『死んだ生物を蘇生する異形』であった。

 そのため当時の吸血皇帝の眼に止まり、貴族階級を得た低知能の異形。

 知能は烏の約半分。

 そのため、本能で生物を蘇生する非常にたちの悪い異形。

 そしてIEEOは駆除を決行し、失敗した。

 生物の生命力を媒体に生物を蘇生するラタタの能力によって自殺を求めた47人の頂点を蘇生してしまったためだ。

 そのせいで部隊は壊滅し、その時ハリスは偶然現場に赴いていた事が災いし、ラタタに生命力を奪われ、脳の大半が壊死してしまった。

「そもそもいつも事務作業しかしていないくせに現場に行くなんて愚を冒すからこうなるんだ」

 鈴は見舞いの席でそう言い捨て、ハリスの精神は完全に破壊された。

 ちなみにラタタと47人の頂点は鈴の部隊によって抹殺された。





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